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エチオピア

アクスム

(Aksum)

概要

ユネスコの世界遺産に登録されているアクスムは、エチオピア北部のエリトリアとの国境近くに位置する小さな町。古代に交易で繁栄したアクスム王国の都が置かれていた古都で、エチオピア文明発祥の地とされています。アクスムには、オベリスクや石碑、宮殿跡、王家の墓など未発掘のものも含め数多くの史跡があり、未だ解明されていない謎と伝説に満ちています。また、シオンの聖マリア教会には、失われたアーク(モーセの十戒を刻んだ石板を収めた箱)があるとされており、エチオピア正教会の聖地となっています。


見所ポイント

交易で栄えたアクスム
ゲエズ語で書かれた聖書

アクスム王国が成立したのは100年頃とされていますが、それ以前の紀元前5世紀頃からアクスムは既に海上交易を行なっていました。最盛期の4世紀頃には、現在のエリトリアからエチオピア北部、イエメン、ソマリア北部、ジブチ、スーダン北部にまたがる一帯を支配し、主にインドやローマに象牙やベッコウ、金、エメラルドなどを輸出し、シルクやスパイス、工芸品などを輸入していました。ローマの硬貨を模した独自の硬貨を鋳造し、強い交易力を持っていましたが、7世紀に入ると新興のイスラム勢力の台頭により衰退していきました。こうした国際的な交易で様々な文化の影響を受け、現存する碑文などから特にローマやギリシャなど地中海世界の影響を強く受けていたことがわかっています。

アクスム王国は、もともとは多神教でしたが、4世紀前半にエザナ王のもとでキリスト教に改宗しました。アクスム王国は、独自の文字言語ゲエズ語を持ち、当時、聖書などの文献はすべてゲエズ語に翻訳して書かれていましたが、王国が滅亡した10世期頃には口語としてのゲエズ語は消滅したものと考えられています。しかし、その後もエチオピア正教会の典礼言語として使用され、19世紀末までエチオピアの公式の文章言語としても使用されていました。

アクスム王国時代に遡る遺跡群は、アクスム文明の富や権力を反映した文化的な発展を示しており、1980年にユネスコの世界遺産に登録されました。発掘されているものはごく僅かで、現在もアクスムの地中には多くの遺跡が眠っています。

富と権力を象徴するアクスムのオベリクス
ステッレが点在する北部ステッレ広場

アクスムにある遺跡の中でも印象的なのがステッレと呼ばれるオベリクス(石柱)。アクスムには各地にステッレが残っていて、地下から墓地が発見されていることから墓標だったと考えられています。最も有名なのが、立派なステッレが立ち並ぶ北部ステッレ広場。現在立っている中で最も高いステッレは、高さ約24mの「アクスムのオベリスク」。アクスムのオベリスクは、イタリア占領中の1937年にイタリア軍により戦利品としてローマに持ち去られていましたが、2005年にエチオピアに返還され、2008年にもともとあった広場に再設置されました。アクスムのオベリスクの隣にある「エザナ王のステッレ」は、高さ約21mあり、王族のステッレでは唯一崩壊していないものです。

また、広場の地面には、本来ならアクスム最大となるはずだった高さ約33mの「グレート・ステッレ」が倒壊したまま残っています。グレート・ステッレは、基壇がその重さを支えられずに建立中に倒壊したものと考えられています。4世紀頃に建てられたこれら3つの王族のステッレには、偽扉や偽窓、建物の階層を示す横線などの彫刻装飾が施されており、さらに最上部には月や太陽を表した半月型や円の装飾が見られ、キリスト教が伝わる以前の古代のアクスムの人々の宗教観や芸術性、建築技術を知ることができる貴重な史跡となっています。ステッレの地下からは棺や財宝を納めた複数の部屋や通路のある巨大な地下墓地が発見されていますが、発見時にはすでに盗掘に遭っており、多くの財宝は失われていました。

この広場には、全く装飾の施されていない高さの異なるステッレも数多く点在しています。これらのステッレについては時代も身元もはっきりわかっていませんが、上流階級の人々のものか、より古い時代のものと考えられています。

アークが眠るシオンの聖マリア教会
アークが安置されているとされる礼拝堂

エチオピア正教会では、アーク(モーセの十戒を刻んだ石板を収めた箱)が最も崇敬されています。アークは、ソロモン王の時代にエルサレム神殿に安置されていましたが、ソロモン王の死後その行方がわからなくなったことから「失われたアーク」とも呼ばれています。

エチオピア建国の伝説によると、紀元前10世紀頃、イスラエルのソロモン王とシバの女王の間に生まれたメネリク1世がアクスムを中心とした王国を建国し初代王となりました。そして、メネリク1世がイスラエルに赴いてソロモン王と会った後、アークをエチオピアに持ち帰ったと伝えられています。現在でもそのアークはシオンの聖マリア教会に大切に保管されていると信じられています。

シオンの聖マリア教会は、新しい教会、古い教会、アークを保管する礼拝堂、博物館などの複合施設で構成されていますが、信者の間ではアークを保管する礼拝堂が最も重要な聖域とみなされています。この礼拝堂は厳重な警備が行われており、本物のアークがあるのかどうかは謎に包まれたままですが、その神秘性がより一層訪れる人々を魅了しているのかもしれません。なお、古い教会は女人禁制となっています。

3言語で記されたエザナ・ストーン
びっしりと文字が刻まれたエザナ・ストーン

4世紀のエザナ王の時代に刻まれたエザナ・ストーンと呼ばれる石碑は、1988年に地元の3人の農民により偶然発見されました。碑文には、エザナ王率いるアクスム軍が戦争に勝利した内容や神への感謝が記されています。アクスム王国の言語だったゲエズ語のほか、サバ語(古代南アラビア語)と古代ギリシャ語の3つの異なる言語で記されていることから、エチオピア版ロゼッタ・ストーンとも呼ばれています。エザナ・ストーンは、北部ステッレ広場から1kmほど北東の道路沿いの石造りの小屋に安置されていて、壁には発見者3人の名前が掲示されています。

エザナ・ストーンと北部ステッレ広場の中間地点には、シバの女王の浴槽と呼ばれる貯水池があります。地元の伝説では、シバの女王はアクスムに住んでいたとされていて、現在もティムカット祭の会場として使用されています。

ベストシーズン

エチオピア北部の高原地帯は、年間を通して気温の変化の少ない穏やかな気候です。観光のベストシーズンは晴天の日が多く、湿度が低く過ごしやすい乾季の10月~2月頃です。ただし、朝晩は冷え込むのでフリースやニットなどの防寒具が必要です。また、日中は日差しが強いので日焼け止めや帽子、サングラスなどもお忘れなく。6月中旬~9月頃までは大雨季で、大雨が降ると道路状況が悪くなり、行動範囲が限られる場合があります。


  • 現地
  • アディスアベバ
  • アクスム
  • ラリベラ
天気予取得中...
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  • 緯度・経度:14.1248, 38.7217
  • 住所:Unnamed Road, Aksum, Ethiopia
首都
アディスアベバ
面積
1,104,300 (km2)
人口
112,079千人 2019年
言語
アムハラ語、オロモ語、ソマリ語、ティグリニャ語など複数の民族言語、英語
公用語
アムハラ語(事実上)
通貨名
エチオピア・ブル 補助通貨はサンティーム(1 ETB =100サンティーム) ※本サイトではETBと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Ethiotelecom
最寄り空港からのアクセス方法

【アクスム空港からアクスム中心部】
<ミニバス>
所要時間:約15分
料金:75ETB


最寄り空港詳細

  • アクスム空港 (AXU)