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チュニジア

カルタゴ遺跡

(Archaeological Site of Carthage)

概要

チュニスの北東の郊外には、海洋民族のフェニキア人により紀元前9世紀に設立された国家カルタゴの中心となる都市がありました。カルタゴは、地中海の貿易により絶大な経済力と軍事力を備えた超大国に発展しましたが、紀元前146年の第3次ポエニ戦争でローマにより徹底的に破壊され、その後ローマの属州として町は再建されました。現在もこの地には、カルタゴの神々を祀った聖地トフェや住居跡など古代カルタゴのわずかな痕跡とローマ時代に建設された共同浴場や円形闘技場、ローマ劇場などの遺跡が残っており、1979年に「カルタゴ遺跡」としてユネスコの世界遺産に登録されました。


見所ポイント

破壊と再建を繰り返したカルタゴの歴史
古代カルタゴの軍港跡地

カルタゴは、紀元前9世紀にティルス(現在のレバノン)を本拠地としていたフェニキア人により建設されたのが始まりです。造船や海上交易の技術に優れ、紀元前6世紀頃には強大な経済力と軍事力を有する地中海の覇者となり、華やかな文明の中心地として栄えました。しかし、その後イタリア半島を本拠地としていたローマと地中海の覇権を廻り軍事的に衝突するようになり、紀元前264年から3度のポエニ戦争で争うことになったのです。名将ハミルカルやハンニバルの活躍もあり、一時は強大なローマ軍を苦しめましたが、第3次ポエニ戦争で都市は全て焼き払われ、紀元前146年にカルタゴは滅亡し、100年以上にも及ぶカルタゴとローマの戦いに終止符が打たれました。廃墟となったカルタゴは、その後新たにローマの都市計画により植民都市として復興され、ローマ帝国ではローマに次ぐ第2の都市として大いに繁栄しました。現在カルタゴに残るのは、アントニヌス共同浴場や円形闘技場、ローマ劇場、貯水池、ローマ人の住居跡などほとんどがローマ時代に建設されたもので、古代カルタゴの遺跡はビュルサの丘やカルタゴの神々が祀られた聖地トフェなどわずかな遺構のみとなっています。カルタゴ遺跡は広範囲に点在しているので、時間に余裕を持って訪れることをオススメします。

カルタゴの誕生の伝説が残るビュルサの丘
ビュルサの丘に残る古代カルタゴの遺跡

古代カルタゴの中心地だったのがビュルサの丘で、ここはカルタゴの誕生の地でもあります。紀元前9世紀にティルスからこの地に逃れてきた女王ディードーの一行は、地元のベルベル人に「1頭の牛の皮で覆える土地だけなら与える」と言われました。そこで彼女は牛の皮を細く割いて丘全体を取り囲み、砦を築くだけの土地を手に入れたというカルタゴの創設の伝説があります。カルタゴは、その後城塞に囲まれたビュルサの丘を中心に麓に町が築かれ繁栄しましたが、第3次ポエニ戦争の末期、紀元前146年にカルタゴの町は徹底的に破壊されてしまいました。しかし、ビュルサの丘の市街地は瓦礫や埃などが堆積した地中に埋れていたため、奇跡的にその一部が残っており、発掘調査により建物の壁やモザイクの床、排水設備や給水タンクなどの古代カルタゴ時代の貴重な遺跡が明らかになりました。

ビュルサの丘の上には、19世紀末に建設された大聖堂と修道院があり、現在はイベントホールやカルタゴ国立博物館として使用されています。カルタゴ国立博物館では、カルタゴ遺跡から発見された古代カルタゴやローマ時代のモザイクや彫刻、建築装飾、陶器、宝飾品などの貴重な発掘品が展示されている他、かつてのカルタゴの町の復元図を見ることができます。

古代カルタゴの聖地トフェ
トフェの墓地

トフェは、現存する古代カルタゴの数少ない遺跡の一つで、記号や幾何学的な模様が刻まれた石碑が点在しています。カルタゴでは、フェニキアから伝わったバール崇拝や土着信仰に由来するタニト崇拝などが融合し独自の信仰がありました。トフェは、その神々を祀り、崇拝儀式が行われていた聖域と考えられています。古代カルタゴでは、幼児を神への生贄に捧げていたという伝説が残されています。敷地内からは、数万個の骨壺が出土しており、骨壺からは新生児や幼児の骨や遺灰が発見されています。しかし、動物の骨も発見されており、この動物の犠牲の記録は発見されているのに対して、子供の犠牲の記録は発見されていないため、カルタゴで子供を生贄として捧げる風習が本当にあったかどうかは、現在も議論の余地があり真相ははっきりとはわかっていません。

壮大なアントニヌス共同浴場
目の前に海が広がるアントニヌス共同浴場

カルタゴのローマ時代を代表する建造物の一つがアントニヌス共同浴場。海岸沿いにあるこの共同浴場は、2世紀にローマ五賢帝の一人であるアントニヌス・ピウスの治世下で建設されました。ローマ帝国時代に建てられた3大共同浴場の内の一つに数えられており、アフリカ大陸に建てられたローマ浴場としては最大規模を誇ります。カルダリウム(高温浴室)とテピダリウム(微温浴室)、そして中心部に大きなフリギダリウム(冷水プール)を備え、天井には巨大な柱で支えられたドームがありました。また、これらの浴室の他にも脱衣所や洗い場、中庭、パライストラ(レスリング場)や屋外の運動場など多くの部屋や施設も備えられていました。

現在は、大部分が崩れ、壁や柱などが部分的に残るのみですが、広い敷地と巨大な柱などからアントニヌス共同浴場が壮大な建造物であったことは想像に難くありません。目の前には、ターコイズブルーに輝く美しい地中海が広がるとても気持ちのよい空間で、古代ローマ人は、ここで優雅な時を過ごしていたに違いありません。

裕福なローマ人が暮らした住居跡
モザイクが残るヴォリエール邸の中庭

古代カルタゴが滅亡した後、ローマの植民都市として再建されたカルタゴは、2世紀頃にはローマ帝国の西方で第2の都市にまで発展しました。カルタゴのなだらかな丘の斜面にあるオデオン劇場の東側にはローマ人貴族の住居跡があります。中でも3世紀に建てられたヴォリエール邸は、一際豪華な邸宅です。1960年代に部分的に復元されており、列柱の回廊と色鮮やかなモザイクや優美な彫像が残る中庭が大きな見どころとなっています。ここからは眼下にきらめく美しい海を一望できます。山の手の別荘地といった優雅な雰囲気が感じられ、裕福な古代ローマ人の暮らしぶりが目に浮かびます。

おすすめのツアー・アクティビティ

ツアー・アクティビティ名 所要時間 詳細
世界遺産メディナとカルタゴ遺跡群 日帰りツアー<専用車/日本語 or 英語ガイド/チュニス発>1日

veltra.com

ベストシーズン

地中海に面したチュニスは、夏は乾燥して暑く、冬は雨が多く比較的温暖な気候です。観光は1年を通して楽しめますが、春から初夏にかけての4月~6月がベストシーズンです。真夏は日差しが強く、日射病に注意が必要です。日向を歩く場合はこまめな水分補給や休憩とサングラスや帽子、日焼け止めは必須です。冬は雨具の用意があると安心です。


  • 現地
  • チュニス
  • ケルアン
  • タタウィン
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:36.8531, 10.3256
  • 住所:4 Rue Mendes France, Tunisia
首都
チュニス
面積
163,610 (km2)
人口
1,166万人 2018年
言語
アラビア語、フランス語
公用語
アラビア語
通貨名
チュニジア・ディナール 補助通貨はミリーム ※本サイトではTNDと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Ooredoo、Tunisie Telecom、Orange、Lycamobile
最寄り空港からのアクセス方法

【チュニス・カルタゴ国際空港からチュニス市内】
<タクシー>
所要時間:(市内中心部)10~20分
目安料金:5TND前後


<路線バス>
大通り沿いのバス停から35番又は635番に乗車。終点チュニス・マリン駅まで運行
所要時間:20~30分
料金:0.500TND


【チュニスからのアクセス】
チュニス・マリン駅から電車(TGM)に乗車→カルタゴ・ハンニバル駅(Carthage Hannibal)下車
所要時間:約30分


最寄り空港詳細

  • チュニス・カルタゴ国際空港 (TUN)