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タンザニア

バガモヨ

(Bagamoyo)

概要

バガモヨは、ダルエスサラームから北に約75kmの海岸沿いに位置する町で、対岸にはザンジバル島があります。バガモヨ周辺は古くからアラブの商人が訪れており、バガモヨの南の郊外には13世紀に建設された都市カオレの遺跡が残っています。19世紀にバガモヨはザンジバルの輸出港として発展し、その後19世紀末のドイツ領東アフリカの成立時には首都が置かれました。現在はスワヒリやドイツなどの文化の影響を受けた19世紀の街並みが残るのどかな港町として訪れる人々を魅了しています。


見所ポイント

海辺の穏やかな町バガモヨの激動の歴史
ドイツの植民地政府機関が置かれたオールド・ボーマ

バガモヨは、19世紀の街並みが残るのどかな雰囲気が漂う港町です。古くからアラブの商人が訪れる交易所でしたが、本格的に町が築かれたのは18世紀後半にオマーンからの入植者がやってきてからのこと。彼らは先住民に塩の交易税を課し、勢力を増していきました。そして、19世紀にザンジバルにオマーンの王宮が建設されると、内陸とザンジバルを結ぶ中心的な貿易港に発展し、アフリカ内部のタンガニーカ湖やビクトリア湖から商品を積んだキャラバンが訪れるようなりました。キャラバンは、象牙や黒檀、ココナッツなどの天然資源を輸送していましたが、その中でも特に悪名高いのが奴隷の輸出でした。バガモヨの最盛期には、1年に推定50,000~75,000人もの奴隷がこの港で取引されていたものとされ、ザンジバルのプランテーションをはじめ中東や世界各地へと送られた者もいました。バガモヨという町の名前は「心を押し潰す」という意味のスワヒリ語に因んでおり、一説には、全ての希望を失った売られていく奴隷たち悲痛の思いが込められているとされています。こうして象牙や奴隷の貿易の中心地として発展したバガモヨは、その後ジョン・ハニング・スピークやリチャード・フランシス・バートンなど19世紀のヨーロッパの探検家や宣教師も訪れ、内陸部の旅の発着点にもなりました。1885年にドイツ領東アフリカが設立されるとバガモヨに首都が置かれましたが、1990年代にはダルエスサラームへ拠点が移され、さらにその後ダルエスサラームから内陸への鉄道が開通したことによりバガモヨの町は衰退していきました。

バガモヨ旧市街の町歩き
アート作品が並ぶバガモヨの旧市街の一角

バガモヨの旧市街には、19世紀に建てられた歴史的建造物が多く残っていますが、それらの中には裕福なアラブ人やインド人の商人の建てたスワヒリ様式の邸宅やドイツ植民地時代のコロニアル様式の建造物が混在しています。狭い通り沿いには、これらの古い建物を改装したオシャレなカフェやレストラン、ショップ、アートギャラリーなども点在しているので、町歩きの途中で立ち寄ってみるとよいでしょう。19世紀の奴隷市場だった場所は、現在はバガモヨ芸術大学を中心としたタンザニアのアーティストのコミュニティが運営するバガモヨ・アート・マーケットとなっています。絵画や彫刻、ビーズアクセサリーなどのユニークなアート作品が並んでいて、購入はもちろん、見ているだけでも楽しめます。

歴史が詰まったバガモヨ要塞
時代毎に様々な用途で使用されたバガモヨ要塞

バガモヨ要塞は、旧市街の中で最も古い建造物の一つです。元々は1860年代にアラブ人の商人の商館として建てられたもので、その後ザンジバルのスルタンの支配下では奴隷商人やキャラバンが立ち寄るキャラバンサライとして使用されていました。19世紀末にドイツ領になると駐屯地となり、兵舎や周辺の壁などが増設されました。第1次世界大戦後のイギリス領時代からタンザニア独立後もしばらくは刑務所として使用されていましたが、その後警察署として転用されました。1990年代からは史跡として保存され、現在は博物館として一般公開されています。博物館では、奴隷貿易やバガモヨの歴史に関する資料が展示されています。

要塞の周辺にもドイツ領時代に建てられた税関施設(Old Customs House)や植民地政府の総督府だったオールド・ボーマ(Old Boma)、植民地政府のオフィスや住居として使用されたリク・ハウス(Liku House)、絞首刑が行われたハンギング・プレイス(Hanging Place)の記念碑など多くの歴史的建造物が点在しており、オールド・ボーマの屋上からは雄大なインド洋を眺められます。

漁師町バガモヨの海岸
ローカルな雰囲気が漂うバガモヨの海岸

バガモヨの旧市街のすぐ目の前にはインド洋が広がり、スワヒリ地域の伝統的な木造のダウ船や漁船がのんびり行き来している様子が眺められます。浜辺には、多くの漁船が停泊し、水揚げされたばかりの魚が目の前の魚市場に次々と運ばれていきます。新鮮な魚介類が並ぶ魚市場は、地元の人々で賑わっています。魚市場では素揚げしたシーフードも売られており、その場で食べることもできるので、試してみるのもオススメです。また、バガモヨは伝統的なダウ船の造船が主要な産業の一つとなっており、バガモヨの港では船を造船している様子も見られます。

ダルエスサラームからバガモヨまでは車で2時間ほどなので、日帰りの旅行先としてもオススメです。バガモヨ周辺のビーチ沿いにはリゾート施設が点在しているので、宿泊してのんびりと過ごすのもよいでしょう。

交易で繁栄したカオレの都市遺跡
カオレ遺跡にある高い柱を備えた墓

バガモヨから海岸沿いを5kmほど南に行くとカオレ遺跡があります。ここは、13世紀にバガモヨで最初にアラブ人が定住した町が築かれた場所です。敷地内には、モスクをはじめ、住居や井戸、墓地などの遺跡があります。高い柱のある墓は、身分の高い人物のもので、支配者の墓に最も高い柱が建てられています。カオレ遺跡からは、中国の陶器やビーズなどが発掘されており、中世の時代から既に遠く離れたアジアとの交易が行われていたことを示しています。かつて交易で栄えていた頃のカオレの古い港は、現在はマングローブの林に覆われています。遺跡の近くには小さな博物館があり、カオレ遺跡からの出土品や交易に関する資料を見ることができます。

ベストシーズン

タンザニアの東海岸は、一年を通して観光できますが、シュノーケリングやビーチを楽しむなら海の透明度が高くなる乾季の6月~10月がオススメです。3月~5月の大雨季は、道路状況が悪くなり行動範囲が限られることがあります。


  • 現地
  • ドドマ
  • ダルエスサラーム
  • アルーシャ
  • ムワンザ
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:-6.4421, 38.9093
  • 住所:Custom Road, Bagamoyo, Tanzania
首都
ドドマ
面積
947,300 (km2)
人口
5,468万人 2018年
言語
スワヒリ語、英語
公用語
スワヒリ語、英語
通貨名
タンザニア・シリング 補助通貨はセント(1=100セント) ※本サイトではTZSと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Vodacom、Airtel、Tigo、Halotelなど
最寄り空港からのアクセス方法

【ジュリウス・ニエレレ国際空港からバガモヨ】
車で2時間前後


最寄り空港詳細

  • ジュリウス・ニエレレ国際空港 (DAR)