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南アフリカ

ディストリクト6博物館

(District Six Museum)

概要

ケープタウンのディストリクト6(6区)は、かつて多民族が暮らし活気溢れる地区でしたが、1966年に国民党政府により白人専用地域と宣言され、約6万人もの非白人の住民らが強制的に退去させられ、路頭に迷うこととなりました。ディストリクト6博物館では、アパルトヘイト政策により失われたディストリクト6のかつての街並みや人々の物語の記録を展示しています。アパルトヘイト政策により多くのものを失った人々の悲痛の思いが胸に迫り、南アフリカが抱える負の歴史と人権について深く考えされられます。


営業時間:9:00-16:00
休業日:日曜日
入場料:45ZAR
公式サイト:districtsix.co.za
(2020年2月現在)


見所ポイント

ディストリクト6とは
かつての教会を利用したディストリクト6博物館

ディストリクト6は、現在のケープタウン中心部の東側に位置しています。19世紀までは農村エリアでしたが、ケープタウンの人口増加に伴い1867年にケープタウンの6番目の地区として定められ、商人や職人、移民、奴隷から解放された人々など出身地や宗教、言語、職業など多様なバックグラウンドを持つ人々が共存しながら暮らす活気溢れるコミュニティへと発展しました。しかし、1966年に国民党政府によりこの地域は白人専用地域と宣言され、それまでこの地に暮らしていた約60,000人もの住民たちは集団地域法のもと、人種ごとに住む地域を決められ、強制移住させられてしまいました。そしてディストリクト6の家々はブルドーザーで一掃され、かつての活気溢れるコミュニティの痕跡は消え去りました。

1994年にアパルトヘイトが撤廃されると、かつてのディストリクト6の住民らによる賠償請求がなされ、彼らの多くは再定住権または賠償金を受け取る権利を与えられました。また、現在はディストリクト6は国の遺産として保護エリアに指定されています。

ディストリクト6博物館の見学
ディストリクト6の地図が描かれた博物館内の床

ケープタウンの市街地中心部からほど近い場所に位置するディストリクト6博物館は、かつては地元の人々が集う教会だった建物を利用しています。

メインの展示室の床には、かつてのディストリクト6の家やランドマークを記した巨大な地図が描かれており、一角には、通り名が記載された道路標識がずらりと並び、ディストリクト6が大きなコミュニティだったことがわかります。博物館内部はそれほど広くはありませんが、写真やパネル、遺品、映像などマルチメディアを用いた展示品が所狭しと並び、かつてのディストリクト6の活気溢れる風景や住民の日常生活から強制退去、アパルトヘイトなどこの地域の激動の歴史について知ることができます。一般家庭や商店などの様子を再現した空間では当時の人々の豊かな暮らしぶりも垣間見られます。ある日突然家も生活もそして人間性までも奪ったアパルトヘイト政策。生き生きとした人々の生活の描写が余計にその悲惨さを強調しているようにも感じられます。

ディストリクト6博物館では、元ディストリクト6の住民による館内ガイドツアーやディストリクト6のウォーキングツアーが行われており、当事者から生の声を聞ける貴重な機会となっています。館内のガイドツアーは当日でも空きがあれば参加可能ですが、ウォーキングツアーは事前予約が必要となります。

現在のディストリクト6
空き地が目立つディストリクト6

かつてのディストリクト6は、ディストリクト6博物館の東側一帯に広がるエリアです。現在の姿は、住宅やモスク、大学のキャンパスなどの建物が立ち並び、一見して他の住宅街となんら変わりない街並みが広がっています。しかし、よく見てみると建物の周辺にはガランとした空き地が多くあることに気付きます。何も知らなければ、特に疑問を持つこともない風景ですが、これらの広い空き地にかつては住宅がびっしりと立ち並んでいたかと思うと、半世紀前に破壊され失われたものの大きさを改めて実感させられることでしょう。美しく洗練された都会の街並みが広がるケープタウンですが、アパルトヘイト政策が南アフリカの人々に残した傷痕の深さは計り知れません。しかし、一人でも多くの人々がこの悲惨な歴史を知り、少しでも何か感じ、考えることができれば、人類が起した同じ過ちを2度と繰り返さない小さな一歩へと繋がるのかもしれません。

ケープタウンや南アフリカの歴史に色濃く残るアパルトヘイト
ヨーロッパ人専用だったアパルトヘイト時代のベンチ

20世紀初頭、白人の入植者が支配する南アフリカでは、白人を保護すること目的に様々な人種差別的な立法がすでに存在していましたが、1948年にアパルトヘイト(人種隔離)政策を推進する国民党が勝利すると本格的にアパルトヘイトが実施されました。レストランやホテル、電車、バス、病院、公衆トイレ、公園、ビーチなどをはじめ、居住区や生活圏に至るまですべて白人と非白人に分けられ、多くの非白人がそれまで住んでいた居住地を取り上げられ路頭に迷うこととなりました。さらに、選挙権は白人のみで、非白人(黒人、ケープマレー、アジア系移民、カラードと呼ばれる混血住民)の人々は、教育や医療制度、職種や賃金などにおいても無数の法律により制限され、日常生活の隅々まで公然と差別されました。

次第に反アパルトヘイト運動が激化し、南アフリカは国際社会からも非難や経済制裁を受けることとなり、1980年代に入り、いくつかの法を撤廃する動きが見られはじめました。しかし、反対運動は全く鎮静化せず、国外からの批判もいっそう厳しいものとなり、南アフリカ政府はアパルトヘイト撤廃へ向けて動き出しました。その後もしばらく混乱は続き多くの犠牲者を出しましたが、1994年に全人種による選挙でネルソン・マンデラが大統領に就任し、ついにアパルトヘイトは完全に撤廃されました。1998年にアパルトヘイトは国際刑事裁判所ローマ規程(ICC規程)の「人道に対する罪」の「アパルトヘイト犯罪」に規定されました。

おすすめのツアー・アクティビティ

ツアー・アクティビティ名 所要時間 詳細
ケープタウン市内ソウェト(タウンシップ)訪問半日ツアー<英語ガイド/混載/午前/ケープタウン発着>4時間

veltra.com

マザーシティを巡る!ケープタウン1日観光ツアー<英語ドライバーガイド/専用車/ケープタウン発>1日

veltra.com

ベストシーズン

南半球に位置するケープタウンは、北半球とは逆の季節になります。地中海性気候に属し、夏は晴れて乾燥した日が続き、冬は雨が多くなります。1年を通して観光を楽しめますが、ベストシーズンは、夏の11月~3月です。日中は日差しが強いので帽子やサングラス、日焼け止めなどの対策が必要です。また、夏でも朝晩は冷え込むので温度調節のしやすい羽織りものなどを用意しておくことをオススメします。


  • 現地
  • プレトリア
  • ケープタウン
  • ダーバン
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:-33.9277, 18.4237
  • 住所:25A Buitenkant St, Zonnebloem, Cape Town, 8000, South Africa
首都
プレトリア
面積
1,219,090 (km2)
人口
5,794万人 2018年
言語
アフリカーンス語、英語、バントゥー諸語(ズールー語、コサ語、北ソト語、ソト語、スワジ語、南ンデベレ語、ツォンガ語、ツワナ語、ヴェンダ語)の合計11言語
公用語
アフリカーンス語、英語、バントゥー諸語(ズールー語、コサ語、北ソト語、ソト語、スワジ語、南ンデベレ語、ツォンガ語、ツワナ語、ヴェンダ語)の合計11言語
通貨名
ランド 補助通貨はセント(1ZAR=100セント) ※本サイトではZARと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Vodacom、MTN、Cell C、Telkomなど
最寄り空港からのアクセス方法

【ケープタウン国際空港から市内】
<MyCiTiバス>
MyCiTiバスのA01番が空港からシビックセンターまで運行。
所要時間:約40分
料金:(シングルチケット)85ZAR


※チャージ式myconnectカードの場合は割引料金適用。


参考サイト:myciti.org.za


<タクシー>
所要時間:(市内中心部)20~30分
目安料金:300ZAR前後~


<空港シャトル>
空港から目的地まで乗り合いのシャトルサービス(15~20分間隔で運行)
所要時間:(市内中心部)20~30分
目安料金:300ZAR前後~


【ケープタウン市内からのアクセス】
ケープタウン駅から徒歩約10分


(2020年2月現在)


最寄り空港詳細

  • ケープタウン国際空港 (CPT)