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リトアニア

第9要塞博物館

(Kaunas Ninth Fort Museum)

概要

19世紀末から20世紀初頭にかけてロシア帝国によりカウナスに建設された12ヶ所の要塞の内、唯一現存する要塞が、第9要塞です。第1次世界大戦下では、ロシア軍の要塞として機能しましたが、その後の第2次世界大戦中には、ナチス・ドイツ軍に占領され、リトアニアをはじめヨーロッパ各地から連行されたユダヤ人の大量虐殺の現場となりました。第9要塞博物館では、第9要塞の歴史や犠牲者の遺品や写真などが展示されています。要塞内部も兵器庫や収容所を再現した部屋が公開されており、地下壕はガイドツアーで見学することができます。


営業時間:(4月-10月)10:00-18:00(11月-3月)10:00-16:00
休業日:(4月-10月)月曜(11月-3月)月曜、火曜
料金:(大人)3EUR(学生・シニア)1.50EUR(6歳以下)無料
※ガイドツアー料金は別途 10EUR~
※毎月最終日曜は無料(ガイドツアー除く)
公式サイト:9fortomuziejus.lt
(2019年10月現在)


見所ポイント

壮絶な歴史を伝える第9要塞博物館
博物館内を飾るステンドグラス

第9要塞に博物館がオープンしたのは1959年のこと。ソ連政権下にあった当時は、ナチス・ドイツのホロコーストにのみ焦点が当てられていましたが、リトアニア独立回復後の1990年代からは、ナチス・ドイツだけでなくソ連政権によるリトアニア国民へ対する弾圧や犯罪行為を含めた第9要塞の歴史全ての展示が行われるようになりました。現在、第9要塞は、博物館、要塞跡、記念碑からなる巨大な複合記念施設となっています。

チケットが必要となる博物館部分は、大きく分けて、チケット売り場兼資料館となっている博物館と後に強制収容所として使用された第9要塞の2つの屋内の博物館からなっています。チケット売り場のある博物館は、要塞の地形を生かして建てられた個性的な形状の建物で、内部はステンドグラスがはめ込まれた窓や壁が印象的です。ここにはナチス・ドイツと2度に渡るソ連のリトアニアの占領期間中に犠牲となった人々の遺留品や写真、手紙、様々なエピソードにまつわる展示が行われています。さらに、第2次世界大戦後のソ連政権下でのリトアニア住民への弾圧やシベリア強制追放、シベリアの強制収容所での過酷な強制労働や生活、抵抗運動で戦ったリトアニアの人々にも焦点が当てられています。

近代的な技術が詰まった革新的な第9要塞
レンガの塀に囲まれた第9要塞

第9要塞を利用した博物館は、レンガの塀に囲まれており、内部は長いトンネルで地下と地上が結ばれています。もともとは19世紀末から20世紀初頭にかけてカウナスに建設された要塞の内、9番目の要塞として建設されたもの。それまでのレンガ造りの要塞と異なり、全ての部屋がコンクリートで造られ、天井の厚さは最大で2mに達し、要塞内のそれぞれの施設は地下通路で安全に結ばれていました。さらに戦略的な部屋には全て電気と強制換気システムが備えられるなど当時としては革新的な要塞でした。

ここでは、主に第1次世界大戦中の要塞時代、戦間期の1924年から1940年までリトアニアの強制労働収容所として使用されていた時代、さらに1941年から1944年のナチス・ドイツによるホロコーストが行われた強制収容所時代の3つの時代に関する展示が行われています。

要塞に関する展示では、近代的な第9要塞の構造や機能、要塞で使用されていた大砲、ロシア軍やドイツ軍の武器や戦闘用の装備、兵士の生活用品などを見ることができます。戦間期の強制労働収容所の展示では、囚人部屋や面会室などが再現されおり、当時の収容所での生活の様子が紹介されています。

ホロコーストの悲劇の現場
強制収容所内の雑居房

第9要塞で最も犠牲者を出した暗黒時代が、ナチス・ドイツに占領された1941年から1944年です。ユダヤ人の強制収容所となった第9要塞には、カウナス・ゲットーからだけでなく、オーストリアやポーランド、フランスなどヨーロッパ各地から多くの人々が移送され、約5万人がここで命を落としたとされています。ここで亡くなった犠牲者の多くは、ユダヤ人でしたが、ユダヤ人以外の人々も多く犠牲となりました。

ナチス占領とホロコーストに関する展示では、当時の様子を再現した雑居房の他、ホロコーストの犠牲者の写真や遺品が並んでいます。要塞の壁には死を目前にした人々が刻んだ文字も残されています。目を覆いたくなるような痛ましい写真も多く、無機質で殺風景な空間がより一層恐怖を感じさせます。一方で、第2次世界大戦中に命のビザを発給した日本人外交官の杉原千畝やオランダ領事館のヤン・ズヴァルテンディクをはじめ、自らの危険を顧みずユダヤ人を匿ったリトアニアの人々の勇敢な行動も紹介されています。

伝説となった64人の脱走物語
脱走に使われた鉄扉

1943年12月25日に第9要塞から脱走した64人のユダヤ人収容者の印象的なエピソードについても紹介されています。1943年にナチス軍は劣勢になると、大量虐殺の証拠隠蔽のために新たに編成した「Sonderaktion 1005」という囚人グループを第9要塞に送り込み、墓地から掘り起こした犠牲者の遺体を焼却させました。この時、強制収容所に残っていても殺されるとわかっていた囚人たちは、数ヶ月かけて少しずつ鉄扉に小さな穴を開け、約300の穴を開けました。そして、クリスマスの日、ドイツ人将校たちがパーティで浮かれている隙をついてその鉄扉を破り、彼らは脱走に成功しました。しかし、ナチスの追っ手から逃げ切り、第2次世界大戦後まで生き延びたのは、その内わずか11人でした。戦後、生存者の証言により、第9要塞での惨劇が世界に知れ渡ることとなり、この時の様子を克明に記した本も出版されました。

悲劇から平和の大切さを学ぶ
大量虐殺が行われた現場と記念碑

第9要塞の広大な敷地は、現在は公園のように整備されており、屋外の要塞跡やモニュメントなどは、チケットがなくても自由に見学することができます。敷地内は緑も多く広々としていて開放感があり、一見、悲惨な現場だったとは思えないほど。しかし、大量虐殺が行われた現場近くの防御壁には、半世紀以上たった今でも無数の銃弾の跡が生々しく残っています。また、その先には、何かを必死に訴えかけているような高さ32mにも及ぶ巨大な記念碑がそびえており、第9要塞の象徴となっています。

ここで起きた惨劇は、想像を絶するもので、残虐非道な行為に走った人間の狂気、苦悩と絶望を抱えながら犠牲となった人々、苦しい状況下でも希望を失わずに懸命に生きようとした人々など数々の壮絶なドラマが存在し、極限の状況下に置かれた人間について深く考えさせられます。さらにこのような悲劇を生んだ戦争が2度と起こらないように平和を維持していくことの尊さも改めて感じさせられます。

ベストシーズン

リトアニアには四季があり、観光のベストシーズンは、最も過ごしやすい夏の6月~8月です。夏季は日照時間が長く、夜遅くまで明るいので、観光に十分な時間をとることができます。ただし朝晩は気温が下がるので、長袖の羽織りものがあった方がよいでしょう。メキシコ湾流の影響で高緯度の割には温暖ですが、冬は日照時間が短く、寒い日が続くので防寒対策は万全に。


  • 現地
  • ヴィリニュス
  • クライペダ
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:54.9440, 23.8753
  • 住所:Žemaičių pl. 73, Kaunas 47435, Lithuania
首都
ヴィリニュス
面積
65,300 (km2)
人口
279万人 2018年
言語
リトアニア語
公用語
リトアニア語
通貨名
ユーロ 補助通貨はセント ※本サイトではEURと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Telia、Tele2、Biteなど
最寄り空港からのアクセス方法

【ヴィリニュス国際空港から市内】
<路線バス>
空港前のバス停から旧市街方面は88番(夜間は88N番)、中央駅は1、2番、市内中心部経由Fabijoniškės行きは3G番
所要時間:(市内中心部)20分前後
料金:1EUR


<空港バス(Airport Express)>
空港から中央駅までの直通バス
所要時間:約10分
料金:2EUR


<電車>
空港駅から中央駅まで運行
所要時間:8分
料金:0.70EUR


<タクシー>
所要時間:(市内中心部)10~15分
目安料金:(市内中心部)10EUR前後


【ヴィリニュスからカウナス】
<バス>
ヴィリニュス・バス・ステーションからカウナス行きのバスの乗車
所要時間:約1.5時間


参考サイト:autobusubilietai.lt


<電車>
ヴィリニュス駅からカウナス行きの電車に乗車
所要時間:1時間~1時間20分


参考サイト:traukiniobilietas.lt


※カウナス中心部から第9要塞博物館へは23番、35番バスで「9-ojo forto muziejus」下車→徒歩約10分


(2019年9月現在)


最寄り空港詳細

  • ヴィリニュス国際空港 (VNO)