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リトアニア

ケルナヴェ考古遺跡(ケルナヴェ文化保護区)

(Kernavė Archaeological Site (Cultural Reserve of Kernavė))

概要

ケルナヴェ考古遺跡は、ヴィリニュスから北西に約35kmの場所に位置するネリス川の渓谷沿いの起伏のある丘陵地帯に点在する古代遺跡群です。このエリアからは旧石器時代末期から中世までの集落遺跡や墓地遺跡、5ヶ所のヒルフォート(丘の砦)などが発見され、2003年に国立文化保護区となり、翌2004年にはユネスコの世界遺産に登録されました。丘の上からは、牧草地帯やネリス川を見下ろせ、新鮮な空気を吸いながらリフレッシュすることができます。ケルナヴェ考古遺跡博物館では、遺跡から発掘された考古学遺物が展示されています。


営業時間:(4月-10月)10:00-18:00(11月-3月)10:00-16:00
休業日:(4月-10月)月曜、火曜、祝日(11月-3月)日曜、月曜、祝日
料金:(大人)2EUR(学生・シニア)1EUR
公式サイト:kernave.org
(2019年10月現在)


見所ポイント

ケルナヴェの歴史
麓から見たヒルフォート群

ケルナヴェ考古遺跡からは、紀元前9000年頃のスウィデリアン文化の火打石の矢じりや様々な人工物が発見されており、考古学調査の結果、旧石器時代末期からネリス川の北岸のひらけた渓谷の低地には人が定住していたことが明らかになりました。

ケルナヴェは、現在は人口300人程度ののどかな田舎町ですが、13世紀後半から14世紀初頭にかけてリトアニア大公国の最初の首都が置かれていました。ケルナヴェが、初めて文献に登場するのは1279年のこと。当時この地を拠点に活躍したトライデニス大公の首都としてドイツ騎士団に攻囲されたことがリトアニアの年代記に記されています。ケルナヴェの丘陵地に要塞が築かれたのは、リトアニアを建国したミンダウガス王の時代に始まり、トライデニス大公の治世下で政治的にも経済的にも最も繁栄しました。丘の上に木造の城が築かれ、丘の周辺には商人や職人の居住区が広がっていました。14世紀初頭に首都がトラカイに移された後もしばらくはリトアニアの重要な町として存続していましたが、1390年にドイツ騎士団の襲撃により、城や町は焼き払われ、その後再建されることなく、住民は丘の上へ移住しました。そして、時とともに古代の集落遺跡や中世の都市遺跡はネリス川の運んできた堆積物に埋もれてしまい、人々から忘れ去られてしまったのです。

1万年以上の歴史を紐解くケルナヴェ考古遺跡
発掘品が展示されているケルナヴェ考古遺跡博物館

ケルナヴェの古代都市が再び関心を集めたのは、19世紀に入ってからのこと。ある小説の舞台として登場したことがきっかけで発掘調査が開始されたのです。発見された遺跡群は、長い間、堆積物に埋もれていたことで風化や破損を免れ、現在まで良好な状態で保存されていました。ケルナヴェ考古遺跡は、1万年以上に及ぶこの地の歴史を紐解く上で重要な考古学的資料となり、しばしば「リトアニアのトロイ」とも呼ばれ、現在も研究、調査が続けられています。

数多くの考古学的発見がありますが、「メドグリンダ」と呼ばれる木材で造られた水中の秘密の道路の遺跡も興味深い発見の一つ。1世紀から4世紀頃に造られたこの水中道路は、防衛用に造られたものと考えられており、ヒルフォートと要塞化されていない居住地のある渓谷を繋いでいました。ケルナヴェのメドグリンダはリトアニア最古のものと言われています。

また、埋葬地からは古代の土着信仰とキリスト教の葬儀の伝統を示す証拠も発見されました。1387年にリトアニアがキリスト教化される前の異教の伝統では、遺体を火葬した後、遺骨と共に副葬品を埋葬する風習がありました。13世紀から14世紀の墓地遺跡には両方の埋葬方法が見られ、まさにこの時代がキリスト教への移行期だったことがわかります。

ケルナヴェ考古遺跡博物館では、先史時代の狩りの道具、土器や青銅製の道具をはじめ、中世のケルナヴェの職人が作った木材や革を利用した手工芸品や装飾品など遺跡から発掘された品々が展示されています。また、東洋のガラスや銀の装飾品など諸外国からの輸入品などもあり、交易が活発に行われていたことがわかります。

ケルナヴェを象徴する景観となっているヒルフォート
階段が設置されたヒルフォート

ケルナヴェ考古遺跡は、現在のケルナヴェの町の南側に広がっており、長い年月をかけ氷河の後退により形成されたネリス川岸の独特な地形の中に、5つのヒルフォート、集落、埋葬地の遺跡が点在し、独特な景観を作り上げています。

その中でも特に5つのヒルフォートは印象的で、ケルナヴェを象徴する景観となっています。ヒルフォートとは、自然の丘を利用した要塞や居住地のこと。リトアニアには1000近いヒルフォートがあり、それらの多くがドイツ騎士団との戦いが続いていた13世紀から15世紀初頭のものです。

ケルナヴェの最も古いヒルフォートは、祭壇の丘と呼ばれ、1世紀頃に造られたもの。中世の時代には祭壇の丘に大公の城が築かれ、その周りに隣接する3つのヒルフォートと共に防衛機能を果たしていました。少し離れた場所に位置するキルヴェイキシュキスの丘は、崇拝場所として使用されていたか監視台として使用されていたものと考えられていますが、その目的ははっきりとわかっていません。

現在、これらのヒルフォートには階段が設置されており、自由に上ることができるようになっています。ヒルフォートに上って、雄大な自然景観を眺めながら、かつてこの地が栄えていた時代に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

ケルナヴェ考古遺跡の中にある教会と礼拝堂
聖母マリア教会(奥)とかつての教会遺跡(手前)

ケルナヴェの渓谷を見渡す丘の上には、立派なレンガ造りの聖母マリア教会があります。聖母マリア教会は、1910年から1920年にかけてネオゴシック様式で建設されたもので、教会内部には、絵画や彫刻、聖餐台、ステンドグラスなどの美しい美術品が収蔵されています。

聖母マリア教会の隣には、1420年頃にヴィータウタス大公により建設された教会の土台部分の遺構が今も残されており、その一角には記念碑が建てられています。この教会墓地は、15世紀から19世紀までのケルナヴェの人々の埋葬地となっていました。

教会遺跡のすぐ側には、木造の礼拝堂と石造りの礼拝堂があります。木造の礼拝堂は、この地方の伝統的な建築様式を示す貴重な歴史的建造物で、もともと近郊の私有地にあったものが19世紀前半に所有者によりこの場所へ移築されました。石造りの礼拝堂は、19世紀半ばにスタニスワフ・ロメル伯爵により建てられた礼拝堂でロメル家の霊廟となっています。入口の扉の上にはロメル家の紋章が飾られています。

ベストシーズン

リトアニアには四季があり、観光のベストシーズンは、最も過ごしやすい夏の6月~8月です。夏季は日照時間が長く、夜遅くまで明るいので、観光に十分な時間をとることができます。ただし朝晩は気温が下がるので、長袖の羽織りものがあった方がよいでしょう。メキシコ湾流の影響で高緯度の割には温暖ですが、冬は日照時間が短く、寒い日が続くので防寒対策は万全に。


  • 現地
  • ヴィリニュス
  • クライペダ
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:54.8848, 24.8525
  • 住所:Kerniaus g. 4, Kernavė 19172, Lithuania
首都
ヴィリニュス
面積
65,300 (km2)
人口
279万人 2018年
言語
リトアニア語
公用語
リトアニア語
通貨名
ユーロ 補助通貨はセント ※本サイトではEURと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Telia、Tele2、Biteなど
最寄り空港からのアクセス方法

【ヴィリニュス国際空港から市内】
<路線バス>
空港前のバス停から旧市街方面は88番(夜間は88N番)、中央駅は1、2番、市内中心部経由Fabijoniškės行きは3G番
所要時間:(市内中心部)20分前後
料金:1EUR


<空港バス(Airport Express)>
空港から中央駅までの直通バス
所要時間:約10分
料金:2EUR


<電車>
空港駅から中央駅まで運行
所要時間:8分
料金:0.70EUR


<タクシー>
所要時間:(市内中心部)10~15分
目安料金:(市内中心部)10EUR前後


【ヴィリニュスからのアクセス】
<バス>
ヴィリニュス・バス・ステーションからケルナヴェ行きのバスの乗車
所要時間:約1時間


参考サイト:autobusubilietai.lt


(2019年9月現在)


最寄り空港詳細

  • ヴィリニュス国際空港 (VNO)