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エストニア

クレッサーレ城

(Kuressaare Castle)

概要

クレッサーレ城は、バルト海に浮かぶサーレマー島の南部に位置するクレッサーレの町にあります。14世紀にドイツ騎士団によりサーレラーネ司教の居城として築かれたのが始まりです。その後も時代毎に所有者を変えながら要塞として発展を続け、エストニアで最も保存状態の良い中世の城塞建築と称されています。現在は、博物館として利用されており、サーレマー島の歴史や文化、自然に関する展示が行われています。また、コンサートや演劇などのイベント会場としても利用されています。


営業時間:(5月-8月)10:00-19:00(9月-4月)水曜-日曜11:00-18:00
休業日:9月-4月の月曜、火曜、1/1、4/19、4/20、12/24、12/25、12/26
料金:8EUR
公式サイト:saaremaamuuseum.ee
(2019年7月現在)


見所ポイント

激動の時代を乗り越えてきたクレッサーレ城
堀と要塞に囲まれたクレッサーレ城

クレッサーレ城は、14世紀にドイツ騎士団により創建されたのが始まりで、建物の中央に中庭が設けられた四角い修道院型の建造物です。このような修道院型の城は、中世の時代にバルト諸国で流行した様式です。クレッサーレ城は、エストニアにある他の中世の城とは対照的に16世紀後半のリヴォニア戦争での破壊の被害を免れ、その後も時代毎の様式を取り入れながら発展し、城だけでなく要塞や兵舎を含めた建造物の複合体が極めて良好な状態で保存されています。

軍事の戦略的要衝に位置していたサーレマー島は、16世紀にデンマーク、17世紀にはスウェーデンと支配国が変わり、クレッサーレ城も徐々に強固な要塞へと発展していきました。17世紀には、スウェーデンの著名な要塞建築技師エリック・ダールベルグの設計のもと、現在見られる稜堡や防壁に囲まれた近代的な星形要塞へとなりました。18世紀初頭の大北方戦争で爆撃の被害を受け、その後はロシア帝国の所有となりましたが、ロシア帝国の領土が西側に拡大するにしたがって、19世紀前半にはクレッサーレ城の戦略的価値は失われ、ロシアの要塞リストから除外されました。

このようにクレッサーレ城は、14世紀の創建以来、何世紀にも渡り増改築が行われてきましたが、古い部分も壊されることなく近代化が進められたため、14世紀から19世紀までの様々な時代の建築様式が見られ、北ヨーロッパの要塞建築でも非常に珍しい建築例となっています。

クレッサーレ城の内部探検
中世の雰囲気を残す城の内部

クレッサーレ城の外観は、無駄な装飾などが一切ない堅牢な石造りの壁に覆われています。しかし、内部に一歩足を踏み入れると、まるで迷路のように入り組んでいます。いくつものフロアと部屋に分かれていて、隠し階段もあります。地下室は、倉庫や暖房システムが備えられ、メインフロアには食堂や騎士の寝室、礼拝堂、司教の居住エリアなど城の中でも特に重要な部屋が配置されていました。中庭を囲うゴシック様式の美しいヴォールト天井を持つ回廊は、メインフロアの全ての部屋に繋がっています。

北西の棟は、司教の居住エリアとして使用されていました。壁には、サーレマー島の貴族の紋章が施されたバロック様式の豪華な木製の彫刻作品が展示されています。これらは、墓碑として18世紀後半以降に制作されたもので、もともとはサーレマー島の教会の収められていました。

騎士の寝室があった北東の棟の一角には、「ライオンの穴」と呼ばれ竪穴があります。かつて、この穴の下には獰猛な野生動物が飼われており、有罪判決を受けた罪人は、その穴へと投げ込まれていたという恐ろしい伝説が残っています。実際にはこの竪穴は中世のトイレだった場所に通じています。

城の北の角にある高さ約37mの塔は、かつては防衛塔として使用されていました。大北方戦争の際に爆撃され、現在見られるのは20世紀前半に再建されたもの。この塔の内部も現在は展示室として使用されています。監視塔として使用されていた東側の細い塔は、クレッサーレ城で現存する最も古い部分です。この監視塔へは、メインフロアの東の角の細い階段から繋がっています。また、クレッサーレ城の屋上には上がることができ、城の周辺の景色や目の前のバルト海を眺めることができます。

サーレマー島の歴史と自然を紹介するサーレマー博物館
19世紀にサーレマー島で作られた手動の消防車

クレッサーレ城内部は、サーレマー博物館として使用されており、主に、サーレマー島の先史時代からの歴史と近代の歴史および自然博物館の3つの部分に分かれています。先史時代からの歴史の展示では、サーレマー島の遺跡からの出土品を始め、中世の宗教芸術、教会備品、武器や鎧、農家の日常生活、帆船や船乗りの生活などに関する多岐に渡る展示品が見られます。第2次世界大戦からエストニア独立までの近代史に関する展示では、戦時中の様子や戦後の人々の暮らしぶりなどが、写真やパネルだけでなく、家具や日用品、人形などを用いて再現されています。自然博物館では、地形や気候、動植物などサーレマー島の自然環境について知ることができます。様々な動物の剥製も展示されており、視覚的に楽しむことができます。この他、クレッサーレ城では、企画展やコンサート、演劇など様々なイベントが開催されています。

クレッサーレ城の庭とその周辺
のどかな雰囲気が漂うクレッサーレ城の敷地内

クレッサーレ城は、4つの稜堡を備えた星形要塞に囲まれており、さらに要塞の外側は堀で囲まれています。城の敷地内へは、堀の上に架けられた橋を渡ってアクセスすることができます。城の入口には、要塞だった頃を彷彿とさせる大砲が置かれています。この大砲は、現在も使用可能で祭りや国賓が訪問した際など特別なイベントで祝砲として発砲されています。個人でも料金を払えば発砲してもらうことができます。

要塞の西側のかつて火薬庫として使用されていた場所では、夏の間、鍛冶、ガラス、陶芸など伝統工芸職人の工房がオープンします。ここでは、商品を購入できるだけでなく、制作現場を見学したり、実際にガラス吹きや陶芸の体験ができるワークショップも開催されています。

堀の外側は、整備された公園が広がっています。天気のよい日にはバルト海を眺めながら気持ちのよい散策やサイクリングを楽しめ、地元の人々や観光客の憩いの場となっています。また、クレッサーレ城の前には、ビーチがあり、夏には海水浴や日光浴に訪れる人々で賑わいます。

ベストシーズン

観光のベストシーズンは、最も過ごしやすい夏の6月~8月です。夏季は日照時間が長く、23時頃まで明るいので、観光に十分な時間をとることができます。ただし朝晩は気温が下がるので、長袖の羽織りものがあった方がよいでしょう。メキシコ湾流の影響で高緯度の割には温暖ですが、冬は日照時間が短くなり、厳しい寒さとなるので防寒対策は万全に。


  • 現地
  • タリン
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:58.2474, 22.4795
  • 住所:Lossihoov 1, Kuressaare, 93815 Saare maakond, Estonia
首都
タリン
面積
45,228 (km2)
人口
132万人 2018年
言語
エストニア語、ロシア語
公用語
エストニア語
通貨名
ユーロ 補助通貨はセント ※本サイトではEURと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Telia、Elisa、Tele2
最寄り空港からのアクセス方法

【クレッサーレ空港から市内】
<バス>


2番(平日)、12番バス(土日祝日)が市内中心部まで運行
所要時間:(市内中心部)約20分


<タクシー>
所要時間:約10分
目安料金:7EUR前後


(2019年7月現在)


最寄り空港詳細

  • クレッサーレ空港 (URE)