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概要

パルヌは、エストニアの西海岸、バルト海のパルヌ湾に面した町で、14世紀にハンザ同盟都市に加入し、バルト海と内陸を結ぶ交易の要衝として発展してきました。19世紀以降は、リゾート地として開発が進められ、現在は、国内外から観光客が訪れるエストニア屈指の海岸リゾートとして知られています。遠浅で広い砂浜のビーチや泥スパ、カラフルで可愛らしい旧市街の町並み、おしゃれなレストランやカフェなどゆったりと夏の休暇を過ごすのに最適な環境が整っています。


見所ポイント

エストニアの夏の首都パルヌ
パルヌの遠浅のビーチ

エストニアの夏の首都と呼ばれるパルヌ。その名の通り、町の南側には、約2kmに渡って砂浜が広がるビーチがあり、 夏には、エストニア国内はもとより、近隣諸国から多くのリゾート客が訪れ賑わいを見せます。パルヌのビーチは、遠浅で波も穏やかなので、小さな子供連れの家族でも安心して楽しむことができます。ビーチの西端、パルヌ川の河口には、全長約2kmの石積みの防波堤があり、先端まで歩いて行くことができます。エストニアの夏は日照時間が長く、夜の10時過ぎまで明るいため、夕食後にビーチ散策を楽しむのもオススメです。ビーチからは、美しいサンセットを眺められ、1日の終わりにゆったりとした時間を過ごすことができます。

パルヌのビーチでは、「ウィークエンド・フェスティバル・バルティック(Weekend Festival Baltic)」が毎年8月に開催されています。2015年に始まったウィークエンド・フェスティバル・バルティックは、3日間で5万人の来場者を集める北欧諸国最大級の音楽フェスです。過去には、デヴィッド・ゲッタ、スティーヴ・アオキ、チェインスモーカーズ、ティエストなど世界的に有名なDJたちが出演しており、若者の人気を集めています。

リゾートとして発展してきたパルヌ
1927年に建設されたスパ施設

パルヌは、ロシア帝国時代の19世紀前半からリゾート開発が進められ、ビーチや泥スパ、リゾートヴィラなどが続々と誕生しました。特に泥を使用したスパは評判となり、当時ロシアや周辺諸国の上流階級の人々がこぞって訪れる保養地として栄えました。ビーチ沿いに建つネオ・クラシック様式の美しいスパ施設は、1927年に建設されたもので、パルヌのリゾートのシンボルとなっています。この場所は、もともと1837年に木造のスパ施設がオープンし、第1次世界大戦で焼失するまで、泥スパやサウナを提供し、人気を博していました。ソ連時代には、労働者の健康施設として機能していました。2014年には、この建物を利用したモダンなスパホテル「Hedon SPA & HOTEL」が新たにオープンし、リラックスしたリゾートライフを過ごせる場所として人気を集めています。

パルヌの旧市街散策
カラフルな建物が建ち並ぶ旧市街

パルヌは、14世紀にハンザ同盟都市となり、その後、16世紀にポーランド、17世紀にスウェーデン、18世紀にロシアと支配国が入れ替わり、第2次世界大戦後にはソ連と近年まで何世紀にも渡り、周辺国の支配を受けてきた歴史があります。カラフルな建物が建ち並ぶ旧市街には、各時代の面影を残す様々な様式の建物が見られます。旧市街は、コンパクトにまとまっており、徒歩で見て回ることができます。メインストリートとなるRüütli通り沿いには、カフェやレストラン、ショップが軒を連ね、観光地らしい賑やかな雰囲気が漂っています。

Uus通りとNikolai通りの角に建つネオ・クラシック様式の黄色の華やかな建物は、現在はツーリスト・インフォメーションセンターとして利用されていますが、元々は18世紀末に建てられた商人の館で、19世紀には市庁舎として機能していました。1911年に北隣にアールヌーボー様式の新たな市庁舎が完成し、現在も市庁舎として機能していますが、外観上の理由から、現市庁舎の方が歴史的建造物のように勘違いされることも少なくありません。

バロック様式の華やかな聖エリザベート教会
町歩きの目印となる聖エリザベート教会の尖塔

パルヌの旧市街の中心部に建つ聖エリザベート教会は、1750年に建てられたバロック様式の壮麗な教会で、赤い尖塔が印象的です。教会の名前は、当時この地を支配していたロシア帝国の女帝エリザベートに因んでいます。バロック期の教会としては、エストニアでも最も美しい教会の一つと称されています。教会内部はシンプルなインテリアですが、19世紀の改修の際に新たに制作されたネオ・ゴシック様式の木製の説教壇や祭壇など繊細な装飾は一際目を引きます。祭壇画「復活」は、オランダの芸術家により1854年に描かれたものです。1929年に設置されたオルガンは、エストニアでも最高のオルガンの一つとされ、オルガン・コンサートでその美しい音色を聞くことができます。

かつてのパルヌの玄関口「タリン門」
バロック様式のタリン門

旧市街に西側には、スウェーデン統治時代の17世紀に市門として築かれたバロック様式のタリン門があります。ロシア領となる1710年までは、時のスウェーデン国王に因みカール・グスタフ門と呼ばれていましたが、この門からタリンへと道が通じていたため、後にタリン門と呼ばれるようになりました。19世紀にパルヌの町を囲っていた要塞は撤去されましたが、唯一タリン門のみが保存されました。タリン門の両サイドにも土塁が残っており、かつての要塞の面影が偲ばれます。門の外側は、堀に沿って遊歩道が敷かれた公園となっており、のんびり散策やピクニックを楽しめます。かつての稜堡だった場所は、円形の野外ステージになっており、コンサートなどのイベント会場として利用されています。

パルヌで唯一残る防衛塔のレッド・タワー
建物の間にひっそりと残るレッド・タワー

パルヌの旧市街の一角に隠れ家のようにひっそりと佇む円すい型のレッド・タワー。この建物は、15世紀にパルヌの町を守る要塞の防衛塔として建設されたもので、パルヌに現存する唯一の防衛塔です。かつてレンガ造りの建物だったため、レッド・タワーと呼ばれるようになりました。現在は、白壁にオレンジ屋根のおとぎ話に登場しそうな可愛らしい外観の建物に改装されていますが、レッド・タワーは数世紀に渡り、刑務所として使用されていました。19世紀後半からは公文書館をはじめ、倉庫や博物館など様々な目的で使用され、現在は展示ホールとして使用されています。

ベストシーズン

観光のベストシーズンは、最も過ごしやすい夏の6月~8月です。夏季は日照時間が長く、23時頃まで明るいので、観光に十分な時間をとることができます。ただし朝晩は気温が下がるので、長袖の羽織りものがあった方がよいでしょう。メキシコ湾流の影響で高緯度の割には温暖ですが、冬は日照時間が短くなり、厳しい寒さとなるので防寒対策は万全に。


  • 現地
  • タリン
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:58.3855, 24.4977
  • 住所:Vee 6, Pärnu, 80011 Pärnu maakond, Estonia
首都
タリン
面積
45,228 (km2)
人口
132万人 2018年
言語
エストニア語、ロシア語
公用語
エストニア語
通貨名
ユーロ 補助通貨はセント ※本サイトではEURと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Telia、Elisa、Tele2
最寄り空港からのアクセス方法

【タリン空港からタリン市内】
<トラム>
4番トラムが市内中心部まで運行
所要時間:(市内中心部)15~20分
料金:2EUR


<バス>
2番バスが市内中心部まで運行
所要時間:(市内中心部)15~20分
料金:2EUR


※バス、トラムはチャージ式のスマートカード利用時は割引あり


トラム・バス時刻表:transport.tallinn.ee


<タクシー>
所要時間:(市内中心部)10~15分
目安料金:10~15EUR


【タリンからパルヌ】
<バス>
タリンバスターミナル(Tallinna bussijaam)からパルヌ行きのバスに乗車
所要時間:約2時間


(2019年6月現在)


最寄り空港詳細

  • タリン空港 (TLL)