横断検索型の旅行提案サービスTavitt

  • お問い合わせ
モロッコ

ラバト:近代都市と歴史的都市が共存する首都

(Rabat, Modern Capital and Historic City: a Shared Heritage)

概要

モロッコの首都ラバトは、モロッコ最大の都市カサブランカから北東に約90km、大西洋に面した都市です。町の中心部の北側は、12世紀からのイスラム王朝時代の歴史的な街並みが保存された旧市街が広がり、その南側には20世紀前半のフランス領時代に近代ヨーロッパの都市設計により建設された新市街が広がっています。この2つの異なる文化の様式が見事に融合したラバトの旧市街と新市街は、「ラバト:近代都市と歴史的都市が共存する首都」として2012年にユネスコの世界遺産に登録されました。


見所ポイント

新旧が融合した魅力的な都市ラバトの歴史
ラバトの市街地の城壁と門

ラバトは、古くはローマ帝国の属州の植民市が置かれていましたが、本格的に都市が築かれたのは12世紀のこと。ムワッヒド朝の創始者アミール・アブドゥルムウミンは、ラバトのリバート(要塞)をスペインの攻撃拠点として大規模な軍事要塞に改築しました。その後ムワッヒド朝第3代君主のヤアクーブ・マンスールによりラバトに首都が移され、本格的な都市が築かれました。ヤアクーブ・マンスールは、城壁やカスバを建設し、さらに世界最大級のモスクの建設にも着手しましたが、彼の死後、建設は中断され完成することはありませんでした。そして、13世紀以降ムワッヒド朝の衰退とともにラバトの町も衰退していきました。17世紀に入り、スペインから逃れてきたモリスコ(密かにイスラム教の信仰を続けた人々)の入植によりラバトの町は復興されたものの、その後19世紀まで海賊国家の拠点となっていました。1912年にフランス保護領モロッコが誕生すると、フェズからラバトに首都が移され、フランス人の都市設計で旧市街の南側に新たな市街地(現在の新市街)が建設されました。1956年にモロッコが独立した後もラバトは引き続き首都として定められ、町には王宮や行政機関の重要な施設が集まっています。

このような歴史的背景から近代ヨーロッパとアラブの雰囲気が混ざり合い、不思議な魅力を持つ都市ラバト。歴史ある旧市街全体が世界遺産に登録されている都市は多くありますが、旧市街と新市街が共に世界遺産に登録されたラバトは非常に稀な例証となっています。

洗練された街並みが広がるラバトの新市街
開放的な雰囲気が漂うラバトの新市街

モロッコの観光都市と言えば、旧市街が世界遺産に登録されているマラケシュやフェズ、モロッコ最大の商業都市カサブランカなどが有名で、ラバトは首都であり、世界遺産都市でありながら、観光都市としてはまだまだ穴場な雰囲気。しかし、実際に訪れて見ると知られざる魅力に溢れているのです。

20世紀前半のフランス統治時代にフランス人により建設された新市街は、区画整備された広い街路に近代建築が立ち並ぶ整然とした街並みが広がっています。おしゃれなカフェやレストラン、ショップが軒を連ね、緑豊かな公園が点在する様子は、ヨーロッパの街並みを彷彿とさせます。また、モロッコの都市では、市内交通は基本的に観光客には難易度が高いバスか料金交渉が煩わしいタクシーが一般的ですが、ラバト市内中心部には近代的なトラムが走っているため、移動もストレスフリーで、旅行者にとっては嬉しいところです。

昔ながらの雰囲気を残す旧市街
多くの店舗が軒を連ねる旧市街のスーク

新市街の北部に位置する旧市街は、12世紀から17世紀の歴史的建造物が残り、昔ながらのイスラム文化が色濃く残るエリアです。建物の間を縫うように細く迷路のように入り組んだ路地が張り巡らされているのはモロッコのメディナ(旧市街)ではお馴染みの光景ですが、マラケシュやフェズに比べるとそれほど観光地化されていないローカルな雰囲気を残す場所も多く、地元の人々の日常生活を垣間見ることができます。

スーク(市場)は、地元の人々で賑わい、活気に溢れています。また、革製品やランプ、食器、ストール、アクセサリーなどモロッコの伝統工芸品や雑貨を販売する店舗が並ぶ観光客向けのスークでも強引な客引きは少なく、ゆっくりと見て回ることができます。

フォトジェニックなウダイヤのカスバ
白と青のコントラストが美しいウダイヤのカスバ内

旧市街のさらに北側ブー・レグレグ川の河口付近には、ウダイヤのカスバがあります。ウダイヤのカスバは、ムワッヒド朝時代に築かれた城壁内に17世紀から18世紀にかけて建造された城塞エリアです。18世紀にラバト周辺で猛威を奮っていた粗暴な部族の侵略を防ぐためにウダイヤ族の軍隊を駐屯させたことからその名で呼ばれるようになりました。

城壁に囲まれたウダイヤのカスバ内には、白と青のコントラストが美しい住宅が立ち並び、現在はラバトの観光名所の一つとしても人気があります。民家の軒先には花や植物が飾られ、どこを切り取っても絵になるフォトジェニックな街並みは、歩いているだけでもワクワクしてきます。カスバの北端の海に面した場所は展望テラスとなっており、ブー・レグレグ川の対岸の町サレや紺碧に輝く大西洋の雄大な景色を見晴らすことができます。ウダイヤのカスバの南側には、ウダイヤ博物館と美しいアンダルシア庭園があり、落ち着いた雰囲気が漂っています。アンダルシア庭園の奥の川沿いにある「Café Maure」で、カスバや対岸の景色を眺めながら、のんびりとしたティータイムを過ごすのもオススメです。

ラバトのシンボル「ハッサン塔」
ハッサン・モスクの遺跡と未完のハッサン塔

ムワッヒド朝第3代君主のヤアクーブ・マンスールは、世界最大級のモスクを目指して、12世紀後半からハッサン・モスクの建設を開始しましたが、マンスールの死後、建設は中断されてしまい、建設途中のモスクは遺跡となってしまいました。現在は壁面や柱などハッサン・モスクの一部とモスクのミナレットとして建設されていた未完成のハッサン塔が残るのみとなっています。未完成のままのハッサン塔の高さは44m。当初の計画では高さ86mに達する予定でした。未完成のままでありながら、800年以上の時を経ても現存するハッサン塔は、ラバトのランドマーク的存在となっており、歴史が感じられる重厚な佇まいは、多くの観光客を魅了しています。

華やかな装飾で彩られたムハンマド5世の霊廟
優美な外観のムハンマド5世の霊廟

ハッサン塔の向かい側には、ムハンマド5世の霊廟があります。ムハンマド5世は、1956年にフランスから独立を勝ち取ったモロッコの国民的英雄で、1957年にスルタンの称号を廃止し、モロッコ王国初代の国王となった人物です。1961年にムハンマド5世は崩御し、10年後の1971年にこの霊廟が完成しました。ムハンマド5世の霊廟には、ムハンマド5世の他、彼の2人の息子の国王ハッサン2世とアブダラー王子も埋葬されています。青空によく映える白亜の外壁と中央の緑色のピラミッド型の屋根が印象的で、イスラム芸術とアンダルシアの建築様式が融合したモロッコの伝統的な建築技法で建てられた建造物となっています。特に、カラフルなモザイクタイルや繊細な彫刻装飾、金箔が施された木製の天井、鮮やかなステンドグラスがはめ込まれたドーム天井など見事な装飾がびっしりと施されたインテリアは必見です。

ベストシーズン

モロッコには四季がありますが、沿岸部、山間部、砂漠と変化にとんだ地形で、地域毎に気候が異なります。大西洋に面したラバトは、年間を通じて温暖で過ごしやすい気候です。一年を通して観光を楽しめますが、ベストシーズンは、6月~9月頃です。夏でも内陸部ほど暑くならず、乾燥して過ごしやすいです。ただし、日差しが強いので、サングラスや帽子、日焼け止めなどの日除け対策は必須です。


  • 現地
  • ラバト
  • フェズ
  • メルズーガ
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:34.0165, -6.8357
  • 住所:Rabat Ville, Ave Mohammed V, Rabat, Morocco
首都
ラバト
面積
446,550 (km2)
人口
3,522万人 2018年
言語
アラビア語、ベルベル語、フランス語
公用語
アラビア語、ベルベル語
通貨名
モロッコ・ディルハム 補助通貨はサンチーム ※本サイトではMADと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Maroc Telecom、Orange、inwiなど
最寄り空港からのアクセス方法

【ラバト・サレ空港からラバト市内】
<タクシー>
所要時間:(市内中心部)約25分
目安料金:150~200MAD


<空港バス>
空港からラバト・ヴィル駅前まで運行
所要時間:20~30分
料金:20MAD


(2020年1月現在)


最寄り空港詳細

  • ラバト・サレ空港 (RBA)