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タンザニア

キルワ・キシワニとソンゴ・ムナラの遺跡群

(Ruins of Kilwa Kisiwani and Ruins of Songo Mnara)

概要

キルワ・キシワニ島とソンゴ・ムナラ島は、タンザニアの東海岸沖に浮かぶ島々です。ここは、10世紀頃から16世紀までキルワ王国が栄え、海上交易によって繁栄し、中世の時代には東アフリカ沿岸部で最大の都市でした。キルワ・キシワニ島とソンゴ・ムナラ島に残るモスクや宮殿、要塞などの遺跡は、16世紀にポルトガルの植民地となる以前に築かれたスワヒリ文化を物語る好例として1981年に「キルワ・キシワニとソンゴ・ムナラの遺跡群」としてユネスコの世界遺産に登録されました。


見所ポイント

かつて交易で繁栄したキルワ王国
スモール・ドームド・モスクの遺跡

古くからインド洋交易の拠点となっていたキルワは、10世紀頃に成立したとされるキルワ王国により交易都市として繁栄し、アフリカの内陸からは金や象牙、蜜蝋、奴隷を輸出し、アラブやペルシャ、インド、中国などからはビーズや織物、ガラス製品、磁器、スパイスなどを輸入していました。13世紀から15世紀の最盛期には、北はケニアから南はモザンビークのソファラまで影響力を及ぼし、東アフリカ沿岸部で最大の都市にまで発展し、この時期に多くの建造物が建てられました。キルワ王国の発展は、東アフリカ沿岸部のスワヒリ文明の発展にも大きな影響を与えたと言われています。14世紀のモロッコ出身の偉大な旅行家イブン・バットゥータは、1331年にこの地を訪れており、彼の旅行記には整然としたキルワの街並みの美しさを称える記録が残されています。しかし、16世紀初頭にインド洋の海域に勢力を拡大していたポルトガルの攻撃に遭い、キルワ王国は滅亡に追い込まれました。その後すぐにアラブ人に奪還され、都市は再び栄光をとり戻したものの、18世紀に入りオマーンに支配された後、1840年代に放棄されてしまいました。本格的な考古学調査が始められたのは1950年代のことで、キルワ・キシワニ島とソンゴ・ムナラ島からは、12世紀~17世紀にかけてのアラビア風の街並みや大小様々なモスク、宮殿、要塞、墓地などの建造物の遺跡が発掘されています。

ポルトガルの要塞跡ゲレザ
オマーン時代に再建されたゲレザ

キルワ・キシワニ島は、対岸にあるタンザニア本土の半島の先端の町キルワ・マコソの港からボートでわずか15分ほど。海岸沿いに残るゲレザ(Gereza)は、16世紀にポルトガルがキルワを占領した際に建設した要塞です。ポルトガルは、15世紀から16世紀にかけてアフリカ大陸やアジアに進出し、次々と植民地を築き、インド洋の海上交易の覇権を握っていきましたが、東アフリカ沿岸部のスワヒリ地方では、その後オマーンの支配が強まり、ポルトガルはインド洋海域から撤退しました。現在見られるゲレザは、19世紀にオマーンが再建したもので、対岸のキルワ・マコソからもその立派な姿を見ることがきます。ゲレザとは、スワヒリ語で刑務所という意味で、オマーン時代の奴隷貿易が行われていた際に、船に乗せられる前の奴隷の収容所となっていたほか、アラブやドイツの植民地支配に抵抗したアフリカの原住民の牢獄として使用されていました。

キルワ・キシワニ島のハイライト「グレート・モスク」
多くの柱に支えられたグレート・モスク内部

ゲレザとともにキルワ・キシワニ島の大きな見どころとなっているのがグレート・モスク。グレート・モスクは、10世紀頃に創設されたとされる東アフリカに現存する最古のモスクです。現在残る建物は、11世紀~12世紀に建てられたもので、その後も数世紀に渡り増改築が行われ、16世紀まではサハラ以南のアフリカでは最大級を誇るモスクでした。グレート・モスクには多くのアーチや柱、ドーム構造が今でも残り、一部には中国製の磁器が埋め込まれているなど当時の建築技術や繁栄ぶりをうかがい知ることができます。北側にある小さな礼拝堂は、このモスクで最も古い部分です。また、グレート・モスクからはキルワ王国が使用していた硬貨も発掘されています。

グレート・モスクの南西には、15世紀に建てられたスモール・ドームド・モスクがあります。現在は、崩壊が進んでいますが、比較的原型を留めており、ドームやミフラーブの一部には装飾が残っている箇所も見られます。この他にもグレート・モスクの周辺には、かつてのスルタンの住居だったマクタニ宮殿やマリンディ・モスク、スルタンの墓地などの遺跡が点在していますが、まだ発掘されていない部分も多く残っています。

巨大なフスニ・クブワ宮殿遺跡
フスニ・クブワ宮殿遺跡からインド洋の眺め

グレート・モスクやゲレザなどが残る町の中心部から1kmほど東の高台の上には、1310年から1333年にかけてスルタンの住居として建設されたフスニ・クブワ(Husuni Kubwa)宮殿の遺跡があります。フスニ・クブワ宮殿は、100を超える部屋や大広間、八角形の浴場、交易所などを備えた巨大な複合建造物で、当時はサハラ以南のアフリカで最大級を誇る壮麗な宮殿でした。しかし、ここは短期間しか居住されずに未完成のまま放棄されてしまいました。現在は大部分が崩れてしまい、基礎部分が残るのみとなっていますが、その広大な空間からかつての繁栄ぶりが偲ばれます。また、ここからはインド洋の美しい景色も望めます。

ミステリアスなソンゴ・ムナラ島の遺跡
草木に埋もれるソンゴ・ムナラの遺跡

ソンゴ・ムナラ島は、キルワ・キシワニ島のさらに南に位置する南国の風情漂うのどかな島。遺跡は、砂浜からマングローブ林を通り抜けた中にひっそりと佇んでいます。ここには5つのモスクと宮殿、囲いの中にサンゴの石や木材で建てられた住居、墓地などの遺跡が残っています。モスクのミフラーブや宮殿の階段、天井、柱など比較的しっかりと構造物が残っている部分もあります。ソンゴ・ムナラ島は、キルワ・キシワニ島に比べて文献はほとんど残っておらず、詳しいことはわかっていませんが、全体的にキルワ・キシワニ島とよく似た構造で、イスラム文化の浸透や交易で繁栄していたことは遺跡や発掘品からわかっています。

キルワ・キシワニとソンゴ・ムナラの遺跡群は、熱帯植物の浸食や風化により遺跡の保存状態の悪化していたため2004年に危機遺産に登録されましたが、その後の国際的な支援や地元民による遺跡の修復と保全が行われ、2014年に危機遺産リストから除去されました。

ベストシーズン

キルワは、一年を通して観光できますが、シュノーケリングやビーチを楽しむなら乾季の6月~10月がオススメです。1月~4月の大雨季は、道路状況や足元が悪くなり行動範囲が限られることがあります。


  • 現地
  • ドドマ
  • ダルエスサラーム
  • アルーシャ
  • ムワンザ
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:-8.9591, 39.4983
  • 住所:Masoko, Tanzania
首都
ドドマ
面積
947,300 (km2)
人口
5,468万人 2018年
言語
スワヒリ語、英語
公用語
スワヒリ語、英語
通貨名
タンザニア・シリング 補助通貨はセント(1=100セント) ※本サイトではTZSと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Vodacom、Airtel、Tigo、Halotelなど
最寄り空港からのアクセス方法

【ジュリウス・ニエレレ国際空港からキルワ】
車で5~6時間


(キルワ・マコソの港から各島へはボート)
所要時間:
(キルワ・キシワニ島)15分前後
(ソンゴ・ムナラ島)1.5時間前後


※キルワ・マコソのツアー会社もしくはホテルでツアーやボートとガイドを手配するのが一般的


最寄り空港詳細

  • ジュリウス・ニエレレ国際空港 (DAR)