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南アフリカ

ソウェト

(Soweto)

概要

ヨハネスブルグの南西の郊外に位置するソウェトは、南アフリカ最大のタウンシップ(アパルトヘイト時代の黒人居住区)で、アパルトヘイト政策により迫害されたアフリカ系住民の象徴との地となっています。ソウェトには、クリップタウン博物館やヘクター・ピーターソン記念碑と博物館、マンデラ・ハウスなどアパルトヘイトの歴史を物語るスポットが点在し、観光スポットとしても注目を集めています。ソウェトを訪れるなら安全に効率よく見どころを回れるツアー参加がオススメ。フレンドリーな住民との触れ合いもソウェト観光の楽しみの一つです。


見所ポイント

南アフリカの新たな魅力が見つかるソウェト
レジャースポットとして生まれ変わったソウェト・タワー

ソウェト(Soweto)は、ヨハネスブルグの南西に位置する居住区「サウス・ウェスタン・タウンシップス(South-Western Townships)」を略してそのように呼ばれるようになりました。

もともとは、1880年代に発見されたヨハネスブルグの金鉱で働く移民労働者の居住地となったのが始まり。1948年にアパルトヘイト政策を推進する国民党が勝利すると、白人専用地域に宣言された土地に住んでいた黒人たちが強制追放されたことからソウェトの人口は急速に増加しました。

現在ソウェトには、120万人以上の人々が暮らしており、掘建て小屋のような住宅から立派な邸宅までが混在しています。貧しい人も裕福な人も含め老若男女がたくましく暮らす文化のるつぼで、まさに現代の南アフリカを凝縮したような場所と言えます。また、マポーニャモールをはじめ近代的なショッピングモールも続々と登場しています。2010年のFIFAワールドカップの決勝戦の会場として使われた「サッカーシティスタジアム(現FNBスタジアム)」があったり、バンジージャンプやフリーフォール、ボルダリングなどエキサイティングなアクティビティを体験できるかつて火力発電所の冷却塔だった「ソウェト・タワーズ(オーランド・タワーズ)」も注目のスポットです。陽気でフレンドリーな住民との出会いやこの場所に根付く独特な雰囲気を肌で感じることで、観光地だけではわからない南アフリカの素顔を見つけることができるでしょう。

南アフリカの政治史に残るクリップタウン
ウォルター・シスル広場と記念碑

ソウェトは、アパルトヘイト時代に自由への闘争のための数々の出来事を経験した地であり、現在の南アフリカの礎となる歴史的スポットが数多く点在しています。ソウェトのクリップタウンは、1955年に南アフリカ全ての人種と民族の代表者が集まった国民会議が開催され、人種差別のない民主的な南アフリカを目指すことが記された「自由憲章」が採択された場所です。アパルトヘイト政府の武装警察はこの時集まった群衆を解散させ、その後、反対運動の中心的な活動家を反逆を企てた罪で告訴し、さらにアフリカ民族会議(ANC)の活動を禁止しました。自由憲章は、それからおよそ40年後アパルトヘイトが撤廃された時に南アフリカの新しい憲法の基礎となりました。

現在クリップタウンの中心にはウォルター・シスル広場があります。ウォルター・シスルは、反アパルトヘイト運動の中心的な活動家の一人で、アフリカ民族会議(ANC)の事務総長や副大統領を務めた人物です。広場の中央には、レンガ造りの円錐型の記念塔が建てられています。塔の内部にある金属製の円盤には自由憲章の全原則が刻まれています。また、広場の一角にあるクリップタウン博物館では、個人の証言や写真、ニュースの切り抜き、彫刻などの展示を通して自由憲章や国民会議に関する物語を伝えています。

ソウェト蜂起の記憶をとどめるヘクター・ピーターソン記念碑と博物館
ヘクター・ピーターソン記念碑と世界に衝撃を与えた写真

ヘクター・ピーターソン記念碑と博物館は、1976年に起きたソウェト蜂起の犠牲者と自由のために立ち上がった勇気ある学生たちを記念するスポットです。

1976年6月16日、黒人学校でアフリカーンス語で授業を教えるよう強制した法令に反対する学生たちがここソウェトでデモを行いました。デモは平和的に行われていましたが、警察隊が催涙ガスなどを使用して鎮圧を図ったため、学生たちが石を投げて応酬することに。その最中に1人の白人警官が突如発砲したことで現場はパニックとなり、学生と警察間で激しい暴動に発展しました。この時、警察官に撃たれ犠牲者の1人となったのが当時13歳だった黒人少年ヘクターでした。

そして、ジャーナリストにより撮影されたヘクターを抱えた高校生と一緒に走るヘクターの姉の姿をとらえた1枚の写真が、世界中の人々にアパルトヘイトの実態を知らしめるきっかけとなり、その後アパルトヘイトを終焉に向かわせたのです。博物館前の記念碑は、ヘクターの遺体が運ばれた場所で、世界に衝撃を与えたヘクターの写真も展示されています。博物館には、口頭証言や写真、映像などの資料が展示されており、ソウェト蜂起がどのようなものだったのか、また、その背景やその後の余波で起きた出来事などについても知ることができます。

ノーベル賞受賞者を2人輩出したヴィラカジ・ストリート
ショップやレストランが軒を連ねるヴィラカジ・ストリート

ソウェトは、反アパルトヘイト運動の活動家が多く住んでいた場所でもあります。ヘクター・ピーターソン博物館からモエマ・ストリート(Moema Street)を数百メートル南下するとヴィラカジ・ストリート(Vilakazi Street)と交差します。ヴィラカジ・ストリートは、反アパルトヘイト運動の功績でノーベル平和賞を受賞したネルソン・マンデラ元大統領とデズモンド・ツツ司教が住んでいた「世界で唯一ノーベル賞受賞者を2人も輩出した通り」として知られています。マンデラが住んでいた家は、現在はナショナル・モニュメントに指定されており、博物館として内部が一般公開されています。内部はそれほど広くありませんが、家具や調度品、写真、授与された記念品、映像展示などがあり、マンデラの生涯や功績について知ることができます。

因みにデズモンド・ツツの家は、現在も住宅として使用されているため、一般公開はされていません。

ヴィラカジ・ストリートは、ソウェトに根付く文化や現代の南アフリカのライフスタイルを体験するにも最適なスポット。通りにはレストランやカフェ、個性的なショップのほか、工芸品や土産物を売る露店も多く軒を連ね、ソウェトの活気溢れるストリートカルチャーに触れることができます。

おすすめのツアー・アクティビティ

ツアー・アクティビティ名 所要時間 詳細
ヨハネスブルグ市内ソウェト(タウンシップ)訪問半日ツアー<英語ガイド/混載/午後/ヨハネスブルグ発>5時間

veltra.com

プレトリア、ソウェト、ヨハネスブルグ歴史観光ツアー<ヨハネスブルグ発>1日

veltra.com

ベストシーズン

南半球に位置する南アフリカは、北半球とは逆の季節になります。ヨハネスブルグは、内陸の高原地帯に位置し、夏(11月~3月)の平均最高気温は26度程度と比較的過ごしやすいですが、この時期は雨季にあたり落雷を伴う豪雨になることもあります。一方冬は乾季にあたり、降水量が少なく穏やかな気候が続きます。ただし昼夜の寒暖差が激しいので防寒対策は必要です。観光は1年を通して楽しめますが、ジャカランタという紫色の花が咲き誇る9月末から11月中旬がオススメです。


  • 現地
  • プレトリア
  • ケープタウン
  • ダーバン
天気予取得中...
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  • 緯度・経度:-26.2494, 27.8535
  • 住所:00896 Ralufutso St, Moletsane, Soweto, 1868, South Africa
首都
プレトリア
面積
1,219,090 (km2)
人口
5,794万人 2018年
言語
アフリカーンス語、英語、バントゥー諸語(ズールー語、コサ語、北ソト語、ソト語、スワジ語、南ンデベレ語、ツォンガ語、ツワナ語、ヴェンダ語)の合計11言語
公用語
アフリカーンス語、英語、バントゥー諸語(ズールー語、コサ語、北ソト語、ソト語、スワジ語、南ンデベレ語、ツォンガ語、ツワナ語、ヴェンダ語)の合計11言語
通貨名
ランド 補助通貨はセント(1ZAR=100セント) ※本サイトではZARと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Vodacom、MTN、Cell C、Telkomなど
最寄り空港からのアクセス方法

【O・R・タンボ国際空港から市内】
<電車>
ハウトレイン(Gautrain)が空港駅からヨハネスブルグのサントン(Sandton)駅まで運行。
所要時間:(サントン駅)約15分
料金:(サントン駅)165ZAR


※初回はチャージ式のカード(Gautrain Card)代別途17ZAR


参考サイト:gautrain.co.za


<タクシー>
所要時間:(市内中心部)20~30分
目安料金:300ZAR前後~


<空港シャトル>
空港から目的地まで乗り合いのシャトルサービス(15~20分間隔で運行)
所要時間:(市内中心部)20~30分
目安料金:(市内中心部)250~300ZAR


【ヨハネスブルグ市内からのアクセス】
市内中心部から車で30分前後


(2020年2月現在)


最寄り空港詳細

  • O・R・タンボ国際空港 (JNB)