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マレーシア

セント・ポール教会

(St. Paul's Church)

概要

セント・ポール教会は、オランダ広場のスタダイスの裏側にある小高い丘の頂上に建つカトリックの教会です。16世紀のポルトガル植民地時代に建設されたこの教会は、現在は礼拝堂の壁の遺構が残るのみとなっています。教会の正面には当時アジアにキリスト教を布教していたイエズス会のフランシスコ・ザビエル像が建っています。この丘の上はサンセットの絶景スポットで、夕日に照らされてオレンジに染まるマラッカの町並みとその先に広がるマラッカ海峡に沈む夕日を眺めることが出来ます。


見所ポイント

マラッカの歴史に翻弄された教会
セント・ポール教会の内部

1511年にポルトガルはイスラム国家マラッカ王朝を占領したのをきっかけに、マラッカを東南アジアの貿易の拠点とし、この地に要塞や教会を次々と建設しました。その時に建てられた教会がこの丘の上にあるセント・ポール教会です。カトリック派のポルトガルは、17世紀にプロテスタント派のオランダに破れマラッカの支配権を奪われます。その後もプロテスタント派のイギリス支配と続き、マラッカのカトリックの勢力は次第に弱まり、セント・ポール教会は時と共に見放されることとなりました。人の手が加わらなくなったこの教会は、そのまま朽ち果てる運命を辿ったのです。現在残るのは、レンガがむき出しになった礼拝堂の壁の遺構のみで、かつてあった屋根も今はありませんが、キリスト教の布教の歴史を今に伝える重要な史跡であり、時代の流れをしみじみと感じさせられます。
ところで、教会内部の壁には高さ2mほどの墓石がいくつも立てかけられているのですが、これらは全てプロテスタントの功績者の墓石なのです。カトリック教会になぜプロテスタントの墓石があるのでしょう・・・実はこれには理由があります。1957年に約4世紀半に渡る植民地支配から独立を果たしたマレーシア政府が、この丘にイスラム教徒の知事公邸を建てた際、公邸前の丘の周辺に点在していたプロテスタントの墓地は宗教観も異なり目障りなので撤去すると宣言したのです。もちろんこの時にプロテスタント信者達は猛反対をしましたが、マレーシア政府は取り合いませんでした。墓地の移転先も見つからないまま撤去工事が始まり、途方に暮れていた時に、救いの手を差し伸べたのがカトリック教会だったのです。墓石だけでも守りたいというプロテスタント信者の思いを受け、これらの墓石をセント・ポール教会内に運び入れ、現在も大切に安置しています。

宣教師フランシスコ・ザビエルの縁の地
ザビエルの遺体が安置されていた場所

日本でもその名をよく知られるフランシスコ・ザビエルは、このセント・ポール教会と深い関わりがあります。16世紀の大航海時代のヨーロッパではルターの宗教改革が起こり、カトリック派に異を唱えるプロテスタント派が広がりを見せていました。カトリック派は、プロテスタント派の拡大を阻むために新天地を求めてアジアに布教を開始しました。この時に布教活動を担ったのがイエズス会です。ザビエルは、イグナチオ・デ・ロヨラらと共にイエズス会を創設したメンバーの一人でした。サビエルは東アジアの責任者を任せられており、1545年からこのセント・ポール教会を拠点に布教活動を行っていました。その時にこの教会で知り合った日本人アンジロウと共に1549年には日本を訪れました。日本への布教を終え、中国への布教へ向かった1952年に熱病にかかり殉教しました。その後、ザビエルの遺体は、インドのゴアに運ばれるまでの9ヶ月間、このセント・ポール教会に安置されていました。ザビエルの遺体が安置されていた場所は教会の奥にあり、イエズス会の紋章である「IHS」が刻まれたプレート付いた金網に囲われています。この場所は、カトリック信者やイエズス会員にとって、今でも神聖な場所とされており、世界中から多くの人々が参拝に訪れています。
マラッカでは、ザビエルは聖人の意味を持つ「セント・フランシスコ・ザビエル」と呼ばれています。教会の正面には、カトリックの布教に生涯を捧げたザビエル像が建てられており、静かにマラッカの街を見守っています。

サンセットの絶景スポット
セント・ポールの丘の上からの眺め

セント・ポール教会の建つ丘の上は、マラッカの街を見渡す絶好のビュースポットとしても知られています。中でも丘の西側からは、マラッカ海峡に沈む夕日と、その夕日に照らされてオレンジ色に染まるマラッカの町並みが見られます。刻々と形を変え静かに沈みゆく夕日は、息を呑むほどの美しさ。マラッカを訪れた際は、一日の終りにセント・ポールの丘の上からこの美しい光景をぜひゆっくりと味わってみてくださいね。
セント・ポール教会の横の木陰には、ストリート・ミュージシャンがいます。実は、このストリート・ミュージシャン、お願いすればリクエスト曲も受けてくれます。リクエストした曲を生演奏で聞きながら、景色を楽しむのは最高にロマンチックで贅沢な時間になるでしょう。
セント・ポールの丘へは、スタダイスの奥に続く遊歩道からアクセスすることが出来ます。セント・ポール教会からスタダイスと反対方向へも遊歩道が続いており、そのまま下っていくと、16世紀にマラッカを支配していたポルトガル人に建設されたサンチャゴ砦(ファモサ要塞跡)があります。当時はこの丘の周囲に城壁が築かれていました。サンチャゴ砦はその城壁の出入り口となる4つの通用門の内の一つです。ちなみに現存する門は、このサンチャゴ砦のみとなっています。

おすすめのツアー・アクティビティ

ツアー・アクティビティ名 所要時間 詳細
名物ニョニャ料理と世界遺産マラッカ日帰り観光ツアー1日

veltra.com

世界遺産マラッカ日帰り観光ツアー<1日/クアラルンプール発>1日

veltra.com

世界遺産 海峡都市マラッカまるごと観光ツアー<1日/昼食付>1日

veltra.com

ベストシーズン

マラッカは熱帯雨林気候に属しており、一年を通して平均最高気温32度前後、平均最低気温23度前後で年較差の少ない常夏の気候です。雨季と乾季があり、3~5月と10~12月に雨量が多くなりますが、一日中が降り続くことはほとんどありません。雨が降った後は気温が下がり過ごしやすくなります。観光のベストシーズンは特になく一年を通して楽しめますが、日差しが強いので帽子やサングラス、日焼け止めは用意しておいた方がよいでしょう。また屋内は冷房が強く効いているので羽織ものが一枚あると便利です。


  • 現地
  • クアラルンプール
  • ペナン島
  • クアラ・トレンガヌ
  • コタキナバル
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:2.1925, 102.2496
  • 住所:1935, Jalan Kota, Bandar Hilir, 75000 Melaka, Malaysia
首都
クアラルンプール
面積
329,847 km2
人口
3,026万人 2014年
言語
マレー語(国語)、中国語、タミール語、英語
公用語
マレー語、英語
通貨名
リンギット、補助単位セン ※本サイトではMYRと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Maxis Mobile、DiGi Telecom、Celcom Axiata
最寄り空港からのアクセス方法

【クアラルンプール国際空港からマラッカ】
<リムジンバスを利用>
マラッカ・セントラル行きに乗車
(複数社あり)


所要時間:約2.5時間
料金:24.10MYR~


<タクシーを利用>
空港からのタクシーはクーポン制。
カウンターで料金を支払ってから乗車。


所要時間:約2時間
目安料金:
(バジェットタイプ)159MYR
(プレミアムタイプ)218.90MYR


【マラッカ・セントラルからのアクセス】
<市バスを利用>
市バス17番(マコタパレード行き)
→オランダ広場前で下車→徒歩7分


所要時間:約30分
料金:1.50MYR


<タクシーを利用>


所要時間:約15分
料金:20MYR前後(交渉制)


最寄り空港詳細

  • クアラルンプール国際空港 (KUL)