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タンザニア

ザンジバル島のストーン・タウン

(Stone Town of Zanzibar)

概要

ザンジバル島は、タンザニア本土から約40km沖合いのインド洋に位置しています。10世紀頃からアラブの商人が定住し、16世紀以降は、ポルトガル、オマーン、イギリスと時代毎に支配国が入れ替わり、奴隷や象牙、金、スパイスなどの貿易で繁栄しました。ストーン・タウンは、島の中心となるザンジバル・シティの旧市街。アフリカとアラブ、インド、ヨーロッパなど多様な文化の影響を受けた建造物が立ち並ぶ独特の都市景観がよく保存されており、2000年にストーン・タウン全体がユネスコの世界遺産に登録されました。


見所ポイント

ストーン・タウンを歩いてみよう
趣のあるストーン・タウンの路地

ザンジバル島は、世界中から多くの旅行者が訪れる東アフリカきってのリゾート・アイランド。1000年以上に渡りインド洋交易で繁栄したザンジバル島は、アラブやインド、ヨーロッパなどの外来の文化とアフリカ土着の文化が融合した東アフリカの沿岸部のスワヒリの交易都市の文化を色濃く残しており、建築物や食文化、町の雰囲気もタンザニア本土とは大きく異なります。ザンジバルの交易の拠点となっていたストーン・タウンには、要塞やスルタンの宮殿、裕福な商人の石造りの邸宅などかつての栄華を物語る建造物が数多く残っています。迷路のように入り組んだ細い路地の両脇には、古い建物を利用したオシャレなショップやアートギャラリー、レストラン、カフェ、ホテルなどが軒を連ねていて、歩いているだけでもワクワクしてきます。海岸近くのケニヤッタ通りにはロックバンド、クイーンのボーカルだった故フレディー・マーキュリーの生家があります。2019年11月に新たにフレディー・マーキュリー博物館がオープンし、ファン必見のスポットです。

ストーン・タウンの路地裏を散策をしていると、いつの間にか方向感覚を失って同じところを何度も行ったり来たりしていたなんてもことも。とは言え、ストーン・タウンは1日もあれば主要なスポットは歩いて見て回ることができる規模で、困った時は地元の人に尋ねれば快く教えてもらえるのでご安心を。

彫刻装飾が施された重厚なザンジバルドア
彫刻装飾が美しいザンジバルドア

ストーン・タウンの通りを歩いていて一際目を引くのが、繊細な彫刻や金属の装飾が施された重厚な木製のドア。この芸術性の高い装飾が施されたドアは、「ザンジバルドア」と呼ばれ、アラブやインドの伝統建築の影響を受け、この地で独自に発達したもの。19世紀に王宮が建設された後、裕福なアラブ貴族やインド商人の間にザンジバルドアの文化が広がりました。そして、より大きくより豪華なドアを取り付けることがステイタスとなり、競うように立派なドアの製作が行われるようになったのです。1964年に起きたザンジバル革命では、この地に住んでいたアラブ人やインド人の大量虐殺が発生し、生き残った人もザンジバルから各地へと亡命してしまったため、ザンジバルドアは一時は廃れてしまいましたが、その後残っていた扉職人により伝統技術の復興が行われました。ザンジバルにはドアを製作する工房があちこちにあり、現在もザンジバルドアの伝統は受け継がれています。

かつての奴隷市場でザンジバルの歴史を学ぶ
大聖堂の敷地にある奴隷のモニュメント

現在のストーン・タウンは、世界中からの旅行者で賑わう人気の観光地ですが、忘れてはいけない負の歴史も抱えています。ザンジバルは、何世紀にも渡り象牙や金の輸出で繁栄してきましたが、その中で最も悪名高いのが奴隷貿易です。現在英国国教会の大聖堂(Anglican Cathedral)が建つ場所には、わずか150年ほど前まで奴隷市場が存在していました。鎖に繋がれてアフリカ本土から強制的に連れて来られた奴隷たちは、アラブ商人によって奴隷市場で取引された後、世界各地へと送られていったのです。大聖堂の敷地内には、当時の奴隷市場の様子を再現したモニュメントがあります。金属の首輪をはめられ、鎖に繋がれた5人の奴隷の石像は、悲壮に満ちた表情を浮かべており、人権を無視した非道な歴史を物語っています。また、奴隷が収容されていた地下室も残されています。地下室は、光のほとんど入らない小さな窓しかなく、非常に狭く閉塞感があります。奴隷たちは、売買されるまで鎖に繋がれたまま地下室に閉じ込められ、この劣悪な環境下で亡くなった人も少なくありませんでした。併設の博物館では奴隷貿易に関する歴史を時代順に詳しく解説したパネルや写真が展示されています。

奴隷貿易の悲惨な歴史を塗り替えるべく建設された大聖堂は、ゴシック様式とアラビア様式が融合した建築で、内部は天井が高く、開放的な雰囲気が漂っています。

観光スポットに生まれ変わった要塞
重厚な要塞の外観

ストーン・タウンの北東の海岸沿いには、17世紀末にポルトガルを追放したオマーンにより建設された要塞(Old Fort)があります。19世紀には駐屯地や刑務所として使用され、20世紀にはザンジバル鉄道の終着点として使用されていました。現在は、土産物屋やアートギャラリー、カフェなどが軒を連ね、屋外にある円形劇場は、ダンスや音楽のショーをはじめ、ザンジバル国際映画祭などのイベント会場としても使用されており、ストーン・タウンで人気の観光スポットとなっています。要塞の前には、整備されたフォロニダ公園が広がっています。海岸沿いの遊歩道には、ベンチが並んでいるので、町歩きの途中休憩スポットとしてもオススメです。

海岸沿いのランドマーク「驚嘆の家」
中央に時計塔がそびえる驚嘆の家

要塞の隣には、中央に時計塔を備えた白亜の美しい建物「驚嘆の家(House of Wonders)」があります。この建物は、1883年にザンジバルのスルタンにより式典やレセプション用の宮殿として建設されました。この宮殿は、ザンジバルで最初に電気を備えた建物で、さらに東アフリカで最初にエレベーターが設置されたことから驚嘆の家と名付けられました。

驚嘆の家は、博物館として内部が一般公開されており、アンティークな家具や調度品をはじめ、伝統的な釣り道具やダウ船の模型、ザンジバルのスルタンや有力者の肖像画などザンジバルとスワヒリ海岸の歴史と文化に関する品々がテーマ毎に展示されています。入口の見事な彫刻装飾が施されたザンジバルドアも見応えがあります。

ベストシーズン

ザンジバル島は、一年を通して観光を楽しめますが、ビーチやシュノーケリングを楽しむなら、気候が安定して海の透明度が高い乾季の6月~10月と1月~2月がオススメです。11月~12月が小雨季、3月~5月大雨季です。雨季は行動範囲が限られることがありますが、観光客が少なめでゆったり過ごすことができます。


  • 現地
  • ドドマ
  • ダルエスサラーム
  • アルーシャ
  • ムワンザ
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
天気予取得中...
  • 緯度・経度:-6.1621, 39.1930
  • 住所:Market St, Zanzibar, Tanzania
首都
ドドマ
面積
947,300 (km2)
人口
5,468万人 2018年
言語
スワヒリ語、英語
公用語
スワヒリ語、英語
通貨名
タンザニア・シリング 補助通貨はセント(1=100セント) ※本サイトではTZSと表示
通貨レート情報取得中...
携帯会社SIM
Vodacom、Airtel、Tigo、Halotelなど
最寄り空港からのアクセス方法

【アビード・アマニ・カルーム国際空港からストーン・タウン】
<空港タクシー>
所要時間:20~30分
目安料金:30,000TZS(15USD)


<ミニバス(ダラダラ)>
空港敷地外の停留所から505番に乗車
所要時間:30~40分前後
料金:300TZS


最寄り空港詳細

  • アビード・アマニ・カルーム国際空港 (ZNZ)